断腸亭料理日記2025

国立劇場令和6年初春歌舞伎公演
彦山権現誓助剣 初芝居 その3

4711号

引き続き、国立の初芝居「彦山権現誓助剣
(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」。

昨年六代目を襲名したこの物語ではほぼ主役のお園を
演ずる中村時蔵について書いていた。

襲名前の時蔵(梅枝)の芝居は昨年も初芝居で観ている。

かなりよいと、書いている。

今も思い出すと、メインの演目である、安倍晴明の
出生譚である「葛の葉」。これがまあ主役級であるが、
なかなか難しい役どころを好演していた。
梅枝の芝居次第で、この作品のよしあしが決まる。
推しも推されぬと、いってよい、と。

彼は父から襲名の話しを聞いたときに、待ってくれ
と一時は断ったらしい。38歳(昨年)。まだその実力はないと。
彼としては、父が亡くなってから襲名であろうと、
思っていたらしい。
昨日書いた菊五郎の例は特殊であろうが、
名跡の襲名は亡くなってからという例は少なくない。

五代目時蔵は、この息子の実力であれば問題なし、
と判断したのであろう。
昨年の「葛の葉」を観れば、さもありなん、と。

五代目時蔵は今年70歳になる。TVなどに出る派手な
役者ではないが、書いたように立女形であり、人間国宝。
歌舞伎界ではトップの役者である。
自分は引いて、息子が40になる前に譲る決断をした、
ということ。
なかなかこれも懸命な判断ということになろう。

親が偉大だと子供はきつい。むろん、こういう一子相伝の
伝統芸能ではなおさら。
また、一般論として名前の大小というのも大いに影響しよう。
團十郎、菊五郎など歴史ある大看板の責任と重圧は
もの凄かろう。
時蔵という名前は歴史的にはそこまでではないのだろうが、
若年で父を失い、そこから人間国宝までもらうまでになった
五代目時蔵は、自分の芸を息子に伝える責任を持っている
と考えたはずである。
70歳であれば、まだしっかり息子の指導もできる。
総合して、もう大丈夫と判断したのか。
この親子、芸ももちろん、クレバーであろう。

さて、もう一方の主役、六助。
これが尾上菊之助。

まず。
六助は、六尺(180cm)を越える大男、というが菊之助は、
どのくらいであろうか、まあ中背。まず大男ではない。
まあ、歌舞伎役者で大男などそうはいなかろうが。
それをいちゃぁお仕舞、かもしれぬが、ちょっと、
え!?、という違和感が当初あった。
お客の想像力次第?。

ともあれ。
この人、段々と重みが付いてきたのではなかろうか。

少し前まで細面(ほそおもて)の色男。あるいは、
女形も演っていた。

若い頃だが映画では、母の富司純子とともに出演た
「犬神家の一族」の仮面を被った青沼静馬だったり、
凄みがあり鬼気迫るミステリアスな役、などちょっと
憑依型の俳優という印象があったし、ご本人もそちらの方が
得意ではなかったか。
また、こちらの方が、俳優尾上菊之助の人(ニン)に合った
ものではなかったか。そういう意味では、今もおそらく
本質的には変わっていないのであろう。私は素晴らしい
俳優であると思っている。

一方、音羽屋尾上菊五郎家の菊五郎の芸は伝統的に
江戸世話物。
そばを美しく手繰り、早口でべらんめいのきれいな
江戸弁を使う、粋で鯔背(いなせ)な江戸っ子。
年を重ねると重みのあるどすのきいた親方、親分、頭。

どちらが難しいのかといわれれば、前者であろう。
やりたくてもできない俳優は多かろう。
ただ、菊之助本人は、江戸世話物の菊五郎の芸は
あまり得意ではない、という趣旨のことを以前は
言っていたようにも思う。器用な方ではないのかも
しれない。

それが今年、いよいよ、大名跡菊五郎を継ぐ。

先にも書いたが、ここ数年、菊之助は、重み、
貫禄のようなものも付いて見えるようになってきた
のである。自信なのか。

今回も「毛谷村六助住家(すみか)の場」で舞台中央
どかんと足を組んで座る姿は、大きく、頼もしく見えた。

八代目尾上菊五郎。
今年、48歳になる。
もっともっと、大きな歌舞伎役者、俳優に
なっていってほしい。
いや、この人は、いずれなるであろう。
期待は大きい。

そして、菊五郎。
この芝居の菊五郎劇団の座頭である、
七代目尾上菊五郎。

昨年、一昨年も観ているが、観ていて
ちょっと心配になった。
足元、台詞の口跡。

今回も、大詰に登場。

真柴大領久吉(ましばたいりょうひさよし=
ちろん、太閤秀吉のこと。)役。

書いたように、ここで仇討ちをするわけであるが、
目出度く本懐を遂げて、大切り、となる。

足取りも台詞も口上もあぶなげなく、見えた。

そして、同じ舞台に立つ、音羽屋の小さな孫二人の
芝居をうれしそうに見ていた。

七代目は、今年、83歳になる。

八代目の襲名披露興行は全国をまわる。
多忙になることは確実。
やはり身体が心配、で、ある。

ともあれ。
やはり国立、菊五郎劇団の初芝居、
芝居内容、役者、いろいろな意味で、
充実した時間であった。

 


彦山権現誓助剣 文政8年(1825年) 大坂 春好斎北洲 
「一世一代」「おその 中村歌右衛門」三代目中村歌右衛門

 

 

 

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