断腸亭料理日記2025
4710号
引き続き、国立の初芝居「彦山権現誓助剣(ひこさんごんげん
ちかいのすけだち)」。
昨日は、初演された江戸中期の時代背景、それから舞台である
大分県と福岡県境の山中にある、山岳信仰の英彦山(ひこさん
彦山、以下、芝居の名前である彦山に統一する。)のことを
書いた。
ポイントは、この彦山権現が多数の僧兵を抱え、戦国初期には
数千規模ともいう軍事集団の様相を呈していた、ということ。
領主はこの山を本拠とした豊前佐々木氏とのこと。
ちなみに、ここからも遠くない関門海峡の巌流島で宮本武蔵と
戦った佐々木小次郎はこの豊前佐々木氏の出身という。
ただ、結局、彼らは戦国大名の大友氏、その後秀吉
政権時に細川氏の支配を受け衰退していったよう。
しかし、戦国期から、彦山権現を根拠に、武術武芸を
育む土壌があったということがこの物語の背景になって
いるよう。
さて。
幕開き前、幕前の花道で、毎年正月恒例の
獅子舞。
正月らしい。
芝居は、四幕七場。
13時開演で、5時間を越えていたか。
通し狂言、さすがに長い。
このお話、敵(かたき)を捜し打つ、いわゆる敵討ち物である。
私自身もまったく知らなかったお話。
一般にも今は知っている人は少ないと思われるので
今回は、私なりにざっくり荒筋を書いてみようか。
時代は秀吉の九州征討の頃。
この芝居以前にあった「豊臣鎮西軍記」という
“実録体小説”が下敷きとのこと。
(おそらく「豊臣鎮西軍記」は広い意味で太閤記に
含まれる話で、講談で語られていたもののよう。)
つまり、九州征討を本筋にフィクションを付け加えた
お話。そこにある毛谷村六助の物語をピックアップ
したのがこの芝居。つまりこの芝居もフィクション。
毛谷村というのは、豊前彦山の麓の村で、
ここに住む六助は怪力の大男で、木こりなのだが、
武芸にも優れており、仕官をしないかとの誘いもある。
(これが先に述べた彦山権現武術集団の背景を
踏まえているよう。)
六助の噂を聞きつけた周防・長門(山口県)家の剣術
指南、吉岡一味斎が訪ね、人物を確かめ、剣術の奥義を
伝授し、娘の許嫁となるよう話をする。
その後、吉岡一味斎は、同役と殿様の前で御前試合を行い
勝つのだが、この者が恨みに思い、鉄砲で騙し討ちにし、
命を落とす。
この敵は、そのまま逃亡。
一味斎には娘、お園がおり女ながら、敵討ちの旅に出る。
お園は、面識はないが、先の六助の許嫁で、彼女も
女武芸者でかつ、大女、力持ちという設定。
敵を捜しているお園は六助の毛谷村の家を偶然
訪れることになり、二人は、出会う。六助は背景を知る。
その敵は、豊前小倉家に過去を隠し剣術指南として
仕えていることが判明。
大詰め、九州平定を終えた太閤秀吉の小倉の本陣で
六助とお園らは、めでたく一味斎の敵を討つ。
だいぶ端折ったが、まあ、ざっくりこんな話。
秀吉まで絡んできて、その前で仇討ちをするというのは
ドラマチックだが、ストーリー上、無理筋であることは
予想ができよう。だが、このあたりの“無理”を様々な
手を使い、ある程度リーズナブルに処理されている。
そんなことも江戸期からこの物語が人気があり、現代まで
曲がりなりにも生き残っている所以かもしれぬ。
よくできている。
また、これには、現代人にわかるように作られた国立劇場
の脚本が優れていることも十分にあろう。
ちなみに、毛谷村というところは同じ名前で今も権現様麓、
大分県中津市側の山間部にあり、六助の墓なるものまである
ようである。
主人公は、そんなことなので、敵を捜し、討つお園。
夫婦になる六助はお園の助剣(助太刀)ということになる。
お園と六助が許嫁として出会って敵討ちに移る
「豊前国毛谷村六助住家(すみか)の場」というのが
有名かつ人気の幕で、一般にはここだけ上演されるのが
ほとんどとのことである。
ただやはり、この場だけ見せられても、初見では
あまり理解は進まなかろう。
通しで上演する国立劇場に敬意を表さねばならない。
さて、ここから、実際の芝居。
主人公である、お園は、中村時蔵。
六助が、尾上菊之助。
中村時蔵は六代目で、もちろん女形。
昨年、父の五代目から襲名。
五代目は人間国宝で、いわゆる女形ではなん人かいる
筆頭の立女形(たておやま)。
国立劇場で菊五郎が座長の菊五郎劇団が芝居をする場合、
五代目時蔵がずっと相方を務めてきた。それで私は馴染み深い。
ついでだが、尾上菊之助は今年、八代目菊五郎を
襲名することが発表されている。
時蔵の方は、先代五代目は、萬壽という隠居名といって
よい名前を名乗っており、この芝居にも出ていない。
菊五郎の方は、当代七代目は隠居名を名乗ることはなく、
そのまま菊五郎で、七代目と八代目の二人菊五郎と
いうちょっと妙なことになるよう。
この芝居の見せ場はやはり、よく上演される
「豊前国毛谷村六助住家(すみか)の場」のよう。
お園が、男装の虚無僧(深い笠をかぶり尺八を吹くあれ)
姿で花道から登場し、段々に先に書いた許嫁で、敵持ちという
二人の素性がわかってくるところ。
お園はもちろん、女形で、男性の時蔵が演じているわけだが、
それがさらに、男に扮しているという、かなりひねった
状況である。これが見せ場。
なかなか、歌舞伎というのは、不思議な舞台芸術であろう。
男であり、女であり、男でもある、という。
二人で押し問答、立ち回りまでが先にあり、素性が
わかりかつ、許嫁なのがわかると、六助に対して、
女房のように振舞っていく。難しかろう。
今まで、様々な役者がいろいろな型で演じてきて芸談も
残っているようだが、私は観たこともないのでわからず、
比較ができない。
今回の時蔵の場合、どちらかといえば、さらっと演じて
ちょっとコミカルにも見えたのだが、それが正解で
あったのかはわからぬが、違和感は感じなかった。
つづく
玉柳亭重春
「彦山権現誓助剣」毛谷村六助 三代目中村歌右衛門
大坂 天保1年(1830年)
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