断腸亭料理日記2025

断腸亭イタリアへ行く その15 パレルモ4

4744号

引き続き、シチリア、パレルモ。
パレルモ大聖堂、で、あった。

 

 

昨日書いたが、教会の建築としてはあまり例がないと
言われていると。

ここで、パレルモ、シチリアの歴史を簡単に書いておこう。
出典は各国ウィキ。ただ、あまりにも行ったり来たりが激しい。
簡単にと書いたが、ちょっと、ある。私には、とても興味深い
のだが、どうかお付き合いを。

まず起源は古代ギリシャ・ローマ時代。パレルモは地中海の海洋
民族フェニュキア人によって建設されたという。それが紀元前
254年にローマによって滅ぼされ、住民はローマの奴隷とされた
という。

その後、ローマ領が続き、西ローマ帝国となり700年ほど
ローマ領。

445年ゲルマン系の民族に征服され、蛮族の侵略の影響を
受け続けるがこれは100年程度。
553年ビザンチン帝国(東ローマ帝国)が征服。ビザンチン
帝国領となる。これが400年弱。

830年、今度は南からアラブ人がシチリアに侵入。北アフリカの
イスラム系王朝によってシチリア全島が征服される。

まあ、とにかく、地中海の真ん中にあるシチリアはここまで、
交易の拠点でもあり、色々な民族、国の攻防にさらされていた
わけである。

イスラム時代は11世紀まで、200年程か、意外に長く続き、
パレルモは首都。当時はイスラム文化が花開き「人口30万人に
達し、モスクの数は300余り、キリスト教徒やユダヤ教徒も
共存して住んでいて、中世ヨーロッパの社会では見られぬ
珍しい繁栄を極め」たという。

次が、ノルマン人。まあ、いわゆるヴァイキングといってよい
のか。北方海洋民族。イングランド、南イタリア、1091年、
シチリア全島を征服。ノルマンシチリア王国である。
「都もパレルモに置かれ、フランス文化とイスラム文化が
融合した独自の都市文化を形成した。」この時代も宗教に寛容で、
モスクと教会が共存する時代が続いた。これが200年ほどか。

このあたりが、パレルモ大聖堂にも現れるパレルモの特異な
歴史的背景の一つのよう。

13世紀。今度は、フランス王の弟に征服されるが、住民の
反乱で王はナポリへ逃げ、その後、スペインのアラゴン王国の
支配下に入る。これが少し長く500年。

この後、近世から、近代に入って行くが、ナポレオンなども登場、
またイタリア統一期など、これ以前よりもさらに短期間で細かく、
いろいろあるのだが、シチリア文化の起源と流れを見るには
この辺で、もうよいか。

まあ、とにかく、古代からずっと、この界隈、ヨーロッパ
地中海で、もうすべての登場人物が登場し、シチリア、
パレルモを征服、領有。近所の大国に長く支配されてきた
という民族はヨーロッパには少ないなくないかもしれぬが、
これ以上ないくらい実に様々な荒波にもまれてきたのは
やはり珍しかろう。

先に書いたが、地中海の真ん中で軍事上、交易上の重要地点
であったことが大きな要因であったのであろうが。

一方、産業、特に近世以降、現代まで、は、どうなのであろう。
これがシチリアをみるには大切であろう。
今の主産業は農業と観光。農業は小麦、オリーブ、ワイン。

ただやはり、自動車他イタリア北部、近代工業が盛んに
なっていった地域に比べるとどうしても農業中心で後塵を
拝することになってしまうのである。

シチリアでマフィアが生まれたのは、シチリアの大地主と
農民の間にいたガベロットという中間搾取者が起源というが、
さらにその背景にこのように近世から近代、工業化できず、
産業発展に立ち遅れ、全体として豊かとはいえない社会が
継続してきたことも要因の一つだったのかもしれぬ。
分配するものが少なければ、住民には選択肢は多くはない、
ということになると思われる。

また、一方で、マフィアにはこんなこともある。
長く異国に支配されてきたシチリア人には支配者に同朋を
売らないという血の掟があり、これもマフィアの文化的背景
といわれているようである。(以上、ウイキより)

さて。ちょっと長くなってしまったが、シチリア、パレルモ、
なかなか一言ではまとめずらいが、波乱万丈、ヨーロッパでも
なかなか興味深い。長大な大河ドラマができそうではないか。

と、いうことで、パレルモ大聖堂であった。

今の大聖堂は1185年に建設が開始されたという。
前記のように、これはノルマン王国の頃。
それ以前は、イスラム時代であったので、ここはモスクで
それを改修していったとのこと。

で、この大聖堂、なにが異色なのか。
いろいろあるようなのだが、わかりやすいのは、鐘楼。
鐘のある塔。時刻がくると今も鳴らしている。
普通は、フィレンツェのサンタマリア大聖堂でもそうだった
のだが、一つの教会の建物に鐘楼は一つなのである。
ここは、上の写真をもう一度みていただきたい。
なんと三つ見える。実は塔はもう一つあって、計四つなのだが、
一つは鐘ではなく時計。

それからこの写真。

ちょっと緑っぽい小さな丸い屋根が右に二つ、左に一つ見えるのが
お分かりになろう。隠れているだけで、実は7つ、8つある。
キューポラというようだが、これも一般のカトリックの教会には
ないもの。また、ここにはコーランが彫られた柱も残っている。

ここも、聖堂内に入るのは無料。

左側、一部修復中だったりするが、これが内部。
白漆喰で細かい装飾はあるが、意外にスッキリ。

奥側が祭壇側だが、天井画。

これ、聖母(マリア)被昇天の絵ではなかろうか。

このパレルモ大聖堂の正式名称はCattedrale metropolitana della
Santa Vergine Maria Assunta/聖母被昇天メトロポリタン大聖堂
という。

聖母被昇天というのは、聖母マリアが天に昇られたこと。
この教会の名前であり、聖母被昇天に捧げている教会ということ。
これにちなんで描かれているのであろう。

また、街としてのパレルモの守護聖人は聖ロザリアらしい。
どちらも私はまったく知らなかったが。

聖ロザリアは女性の聖人で、12世紀パレルモ、ノルマン貴族の
出身とのこと。写真は撮らなかったがこの聖堂の奥、祭壇に近い
一番奥右に遺骨が納められた銀で美しい聖ロザリアの礼拝堂があった。
パレルモでは毎年7月15日に盛大なお祭りが行われているよう。

反対側。

天井画は祭壇近くだけで、こちらはシンプル。

 

つづく

 

 

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