断腸亭料理日記2025

断腸亭イタリアへ行く その14 パレルモ3

4743号

引き続き、イタリア、シチリア、パレルモ。

カリーニ門通り、メルカトの魚の屋台で飯を食っていた。

作り置きで並んでいるものをつまむだけでは、ちょいと
物足りぬので、料理も頼んでみた。
屋台だが、別にメニューはあって、頼むこともできる。

シチリアで食べるべきものは、他にもまだまだある
のだが、いわしのパスタ。名物。

これである。

明確には覚えていないのだが、随分前のシチリアのリゾート
タオルミーナのホテルでも食べたのだが、印象が違う。
ただ、あれは味もあまりうまくなかった記憶なのだが。

が、これ、かなりうまい。
パスタはフェットチーネ?、タリアテッレか?。
緑色のソース。いわしの形はほぼわからない。
黒い粒が見えるが、これはレーズン。

これも、後に調べた。
pasta con le sarde。いわしのパスタ、まあ、そのまま。
基本のレシピはいわしと、パン粉、レーズン、松の実、フェンネル。
これも香りからフェンネルは入っているよう。
もしかすると、緑はフェンネルの緑?。

ただ、このようなソース状になるのは見かけない。
上にまぶしてある粉は、チーズではなくパン粉を煎ったもの
のよう。パン粉は貧乏人のチーズというよう。

ともあれ、この店のオリジナルなのか、パレルモでは
こんな感じなのか。ともかく、こんないわしのパスタも
あるのであろう。

ここまで、ご馳走様でした。

ここからぶらぶら歩く。
このカリーニ門通りをしばらく行って、斜めに左(東)の方へ。

これは、サンタゴスティーノ通り(via sant'agostino)で、
マッシモ劇場の前のマクエダ通り(via maqueda)に
出るのだが、ここもパレルモの名所のようになっている。
細い通りだが、生地や衣料関係の店が軒を連ねている。
やはり、伝統的なもののよう。

部屋も近いので一度戻る。

ぼんやり昼寝。

夜は、昼、たくさん食べたので、下のパンやでいいか
と降りてみたが、19時にはもう閉めていた。

で、マクエダ通りまで出る。
ここは、書いたようにマッシモ劇場へのメインの通りで、
繁華街になっている。レストラン、トラットリア、
カフェテリアも数多い。

[Iampizza]というピザとハンバーガーのファストフード
といった感じの店。チェーンかと思うとパレルモだけ、
二軒しかない店。

揚げ物付きのバーガーセットを買ってきた。

ビール、モレッティを開けて、食べる。

揚げ物は、オニオンリングといかフライ。
昼の屋台でもこんな揚げ物はよくあった。

ハンバーガーといっているが、パンもやっぱり
ちょっとホカッチャ、パニーニに近いもの。
一応、ハンバーガー風のパテのようなのだが、
実際は、うまいボローニャソーセージっぽいもの、
で、あった。

若い人に会わせて?アメリカ風なのかと思うが、
やっぱり中身はイタリア。

レタスがはさんであり、ケチャップやマスタードではなく、
ドレッシングのようなソース。
このソースが、また格別に、うまい。
なんとも説明できないのだが、妙にクセになる。
やっぱり、イタリアは、うまい。


2月20日(木)

さて、翌朝も、やっぱり、下のパンや。

こういうものはちっとも飽きない。まあ、イタリアのこんな
地方都市で、他の料理を食べたいといっても、ないのだが。

左がブリオッシュ。右が上にのっているのがトマトで
中に挽肉のミートソースのようなものが入っている、総菜パン。

ブリオッシュは日本にも普通にあるパンなので
ご存知の方も多かろう。イタリアでは標準的な朝のパン。

イタリア人は朝クロワッサンも食べるが、フランスと違って甘い。
砂糖が掛かっていたり、中にカスタードが入っていたり。
ブリオッシュも甘い。さらにブリオッシュをジェラートを付けて
食べるのも決まり。ほんとに甘いものが大好きである。

コーヒーはカプチーノにチョコの粉末を入れたもの。

今日は、どこへ行くか。

やっぱり、この街の大聖堂へ行かねば。
それから、その隣のノルマンニ宮殿(Palazzo dei Normanni)へ。

パレルモ大聖堂(Cattedrale.Palermo)。
カテドラルなので、この地区の大司教さまのいる教会。

ただ、おもしろいのはここはドゥオーモとは言わない。
前に書いたように、その街で一番大きな教会をドゥーモという。
つまり、ドゥーモは街で一つ。

で、今これを書きながら、ちょっと調べると、このあたりで
ドゥオーモと呼ばれるのは隣町のモンレアーレという街にある。
(Duomo di Monreale)場合によっては、パレルモドゥオーモとも。
これも歴史があり、世界遺産でもあり、12世紀、領主である
シチリア王国ノルマン朝の王の命で作られたという。
こちらが、もしかするとこの地域のメインの教会であったの
かもしれない。

ともあれ、今日はまず、パレルモ大聖堂へ。

地図を出そう。

やっぱり道が石畳、細く、そして、ぐちゃぐちゃなので、
歩きにくい。時として、坂もあったりして。まあそれが風情
なのだが。

大聖堂と宮殿から真っ直ぐ海に向かっている通りが
ヴィットリオ・エマヌエーレ通り(Via Vittorio Emanuele、
人の名前で、イタリアを統一した初代イタリア王国王、ヴィットリオ・
エマヌエーレ二世(1820年〜1878年)を記念して付けられた
のであろう。)。クネクネ曲がって、やっとここに出てきた。

これが、パレルモ大聖堂。

トウシロウにはまったくわからないが、教会、大聖堂としては
かなり珍しい建築らしい。

 

つづく

 

 

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