断腸亭料理日記2006
4月19日(水)夜
どうも地方へ行って帰ってくると、
東京らしいものが食べたくなってしまう。
昨日は、宮崎から夜10時前に羽田に着き、どうしても
鮨が食いたくなった。帰途、御徒町に何軒かある、
Kという安い鮨屋に入った。
以前は何回か来たことがあったのだが、
こんなに、だめであったか。回転寿司と大差ない。
そして、今日は、そば。
オフィスのある市谷の隣町、神楽坂には何軒か、
そこそこ古いそば屋があるが、意外に行ったことはなかった。
創業は明治17年と、かなり古い、翁庵という店。
とんかつの載った「かつそば」というのが名物であるという。
その上、夜は、そば焼酎の呑めるそば居酒屋、と、いうことである。
老舗なのに「かつそば」で、そば居酒屋、という、
なにかアンバランスな感じが、おもしろそうと思い、
寄ってみることにしたのである。
翁庵というと筆者は、上野警察の前の、ねぎせいろ、のうまい店、
を、思い出す。
また、翁庵という屋号は、鬼平、剣客、など
池波正太郎作品にはかなりの頻度で出てくる、そば屋の名前ではなかろうか。
(木造一軒家の上野翁庵は、作品にでてくる翁庵のイメージに
近いかもしれない。)
ともあれ、20時、オフィスを出、
ワンメーターだが、タクシーで神楽坂下まで。
場所は神楽坂下から通りに入ってすぐ左。
同じ翁庵でも、こちらはビルの一階である。
自動ドア。
思ったよりも奥に長く、左側がテーブル席で、
右側が小上がりの座敷。
一人だが、たまたまあいた、小上がりへ案内される。
3〜4人でそば焼酎を呑んでいるサラリーマンのおじさんのグループもあるが、
一人で一杯やって、そばを食っている人もいる。
店奥のTVでは、巨人戦。
なるほど、ちょっと神楽坂らしくないかもしれない。
壁に、名物「かつそば」と書かれてもいる。
座ると、小さな冷奴と、ひじきの煮たのが出る。
ビールとつまみ、そして、かつそば、にしよう。
つまみはなにがよかろう。
様々なものが書かれたホワイトボードを見る。
まぐろづけ、なんかも魅力的だが、、、
同じ値段(¥800程度)で、生うに、、。これでいこう。
お姐さんにいうと、
「あっ。かつが終わっちゃったんですよー」。
えーーーーーー。大ショック。
あーー。かつそばを食いにきたのである。
とっさに、次候補が思い浮かばぬ。
えーい。仕方ない、同じ揚げ物で、「じゃあ、天ぷらそば」。
こういう展開になろうとは、、、、。
かつは、特別にそばに合うように、薄めに揚げてもらっている、
と、いうことで、自家製ではない。
終わっちゃう、こともあるのであろう。
気を取り直して、生うにでビールを呑む。
このうに、特別に“なんとか”と、いうものではなかろうが、
生わさびも添えられ、なかなか、悪くない。
量も一人で食べるには、随分ある。
呑んでいる時間を見計らっているのであろう。
なにもいっていないが、呑み終わるか終わらぬか、
いい頃合で天ぷらそばがきた。
このタイミング、難しい。
なまなかなそば屋では、なかなかできない技である。
(昨日今日できぼうしの、趣味そばなんぞでは考えも及ばなかろう。)
こういうところが、東京のそば屋の値打ちである。
明治17年創業は、だて、ではない。
大きなえび天と、わらび、であろうか、こごみ、であろうか、
ちょっと野菜の天ぷらも載っている。
そばは、かなり細い。
さて、つゆ。
これはこれは、とてつもなく甘い。
筆者など下町のつゆに慣れた者からは、かなり甘い。
この甘さ、ひょっとすると、このあたり牛込山手の、
そば屋に共通するものではなかろうか。
筆者のオフィスのそば、山伏町の大久保通り沿いに
長岡屋という町のそば屋があり、比較的よく行くのだが、ここも
まったく同じような甘さ、なのである。
しょうゆの濃さはよいのだが、筆者にはとても飲める甘さではない。
この甘さが、「かつそば」には合っている、ともいうが、
もともとの意図はそうではなかろう。
すべての温かいそばが、甘いのである。
つゆは飲まぬが、この味は先の長岡屋で、慣れてはいるので、
そばを食うには、問題はない。
そして、確かに、天ぷらの衣が甘いつゆを吸って、うまい。
食い終わって、勘定をして出る。
「ありがとうございまーす」と送り出された。
おお。これも、ポイントである。
『ありがとうございました』ではなく
『ありがとうございます』で、ある。
以前に書いたことがあるが、客商売というもの、
「・・・ございました。」、ではなく
「・・・ございます。」というものである、と、いう。
今日限りではなく、また来てほしい、という思いがあれば「す」で終わる。
「毎度」が付けば、「す」で終わる、ということだ、というのである。
東京の正しいそば屋、の証(あかし)、、か。
神楽坂翁庵、なかなかおもしろいそば屋である。
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