断腸亭料理日記2005
4月17日(日)第三食【鯉の洗いの巻】
さて、南千住のうなぎ屋、尾花である。
昨日は、座るまで、で、あった。
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筆者の場合、注文は、決まっている。
まず、ビール。
この温かさは、もう、ビールである。
それから、つまみは、鯉の洗い、と、お新香。
そして、白焼き、も忘れてはいけない。
それから、うな重。
うなぎの注文は、最初に全部してしまう。
注文が入ってから、うなぎの調理を始めるうなぎ屋では
こうする。
筆者の知っているうなぎ屋のなかで、
注文が入ってから、裂(さ)くのは、ここと、明神下・神田川、である。
(このところ、何年も、神田川には、行っていない。
行かなくては・・・。)
東日本の、うなぎの蒲焼は、ご存知のように背開きにし、
蒸し、焼く。
(この境界、正確には、浜松から東、である。)
小一時間、かかるのである。
注文が入り、裂く。
これが、もともとの、東京のうなぎ屋のやり方であった。
(本来は、この前に、うなぎを選ぶところから始まる。
客は、座る前に、うなぎを選ぶ。
生きているうなぎを見て、これを、裂いてくれ、と、頼む。)
このため、うなぎ屋は、時間がかかるもの、で、あった。
明神下・神田川には、碁盤や、将棋盤が用意されていた。
待つ間の時間つぶしである。
待っている間、お新香などをつまみながら、酒を呑む。
これが、江戸のうなぎ屋である。
さて、ここ、尾花には、鯉の洗い、が、いつも、ある。
本来の季節は、夏、であろう。
今日のような、初夏のような陽気には、もうよいであろう。
またまた、恐縮であるが、鬼平犯科帳に、これ以上ない、というほど
うまそうな、鯉の洗いが出てくる。
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昼下がりの境内の、松の木立に蝉が鳴き頻(しき)っている。
夏の盛りの日ざしに参道が白く乾いて、参拝の人の姿もなかった。
(ああ、畜生め、なんて暑いんだよう)
相模の彦十は、げんなりとなって・・・・・・中略
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平蔵に暑い中、あちらこちらと、引っ張りまわされて
閉口していた、老密偵の相模の彦十。
向島の秋葉権現の境内にある茶店で、
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「この家(や)の鯉はうまいぞ」
いうや、平蔵はさっさと茶店に入って行く。・・・中略
茶店といっても、酒を出すし、気のきいた肴もつくる。
この店は〔万常(まんつね)〕といい、土間の一隅に生簀を設け、
鯉を放してあった。
冷たい井戸水をつかっての鯉の洗いで、酒が出たものだから・・・中略
彦十は、たちまちに相好(そうごう)をくずした。
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鬼平犯科帳20 より「高萩の捨五郎」文春文庫・池波正太郎著
暑い中、歩き回り、冷たく冷えた鯉の洗いと、ひや酒にありついた
相模の彦十。これ以上の、鯉の洗いは、なかろうかと思う。
場所もよい。向島の秋葉様の境内の茶店。
当然、ひんやりした木陰(こかげ)であろう。
凉と、乙、である。
また、このくだり、鯉の洗い、の味のことには、まったく触れていない。
文庫本では、丸々3頁分、平蔵は彦十を連れ回す。
これだけ連れ回されれば、冷たい、鯉の洗い、はさぞかし、うまかろう。
味を描写することなく、読者にうまそうであると、感じさせる。
このあたりが、池波先生の真骨頂。
ここ、尾花、の鯉の洗いには、氷が添えられている。
(ちょっとわかりずらいが、上部左に氷がある。)
またまた、恐縮であるが、筆者の好きな落語にも
鯉の洗いが、登場するものがある。
「青菜」、と、いう噺である。
やはり、真夏、庭で仕事をしている、植木屋の職人。
水を撒いている。
それを見ていた、その家の主人が、ご苦労様、ということで
氷を添えた、鯉の洗いと、
酒(ここでは柳陰(やなぎかげ)、という、
焼酎とみりんを合わせたもの。)を出す。
この、鯉の洗いも、うまそうなのである。
暑いさなかに、仕事をし、この氷も、その職人は、口に入れる。
実に清涼感を誘う。
鯉の洗いは、なにか、江戸の大人の、乙な、真夏の楽しみ、
そんな感じがしているのである。
筆者の父親も好きであった。
子供などには、鯉の洗いの味などわかるわけもない。
筆者も三十を越してからである。
真夏になると、うなぎではなく、鯉の洗いを食べに、
ここ、尾花に、来たくなるくらいである。
(もっとも、その頃には、土用のうなぎを求めて、尾花は、長蛇の列である。)
と、いうようなわけで、
鯉の洗い、で、もはや、筆者は、かなりのよい気分である。
※さてさて、前後編のつもりであったが、なんと、3篇に別れてしまった。
明日は、うなぎにたどり着かねば・・・。
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