断腸亭料理日記2023

桜鍋・森下・みの家

4320号

4月15日(土)夜

さて、今日は、森下の桜鍋[みの家]

ほんとうは、真夏、が季節であるが、
暖かくなってくると、よいだろう。

鍋が、真夏というと奇異に思われる方もあるかもしれぬが
以前は、軍鶏鍋にしても、このような桜鍋も
暑いときに、元気をつけるために食べる、という
ものでもあった。
まあ、むろん、年がら年中うまいのではあるが。

二人だと予約はできないので、18時頃を目標に
内儀(かみ)さんと向かう。
新御徒町から大江戸線に乗って、蔵前、両国、
森下、三つ目、ある。

今日は雨でちょっと肌寒い。
薄いコート。

木造建築に立派な看板。

ここは深川、ご存知の通り本所深川は第二次大戦で
すべて焼けているのでこれは戦後の建築。
創業は明治30年(1897年)。
明治中期、日清戦争のすぐ後。
国民は、ちょっと不相応な自信を持ち始めた頃
なんという皮肉な見方もできるかもしれぬ。

馬肉の鍋というのは、吉原大門前、日本堤、今も
二軒あるが、この時期、あそこにかなりの数の店が
あった。まあ、流行といってもよろしかろう。

明治になり肉食が解禁、牛鍋(すき焼き)が流行、
その次といってもよいかもしれぬ。
まあ、吉原なので、もっぱら客は男。元気を付けよう、
という。深川森下のこちらは、大川、小名木川など堀筋、
ちょっと遠いが木場もある。働く男達が力を付けよう、と
いう位置付けになるのか。

入って、下足札をもらう。
お二階へ、と。
もうなん十回もきているが、二階は初めて。
大人数の予約でも入っているのか。
あがって目の前の幅の広い階段をあがる。

こちらも階下同様、広い入れ込みの座敷に、
ステンレスの長いお膳。ガスの焜炉が並ぶ。

手前側の一番奥、床の間の前。

お!。

この額、志ん生と文楽の名前。

廊下との間の暖簾、で、ある。

今、使われているのは、亡くなった志ん朝師の
贈ったものだ。

落語協会は真夏に、全員集合、恒例の“夏の寄合”、
というものをする。
この店で開かれた、というのを聞いたことがある。
志ん生、文楽、志ん朝、、皆、落語協会である。
暖簾以外にも、往年の落語家の手ぬぐいが飾られている。
やはり関係が深かったのであろう。

お姐さんがきて、ビールと鍋二人前を頼む。

やはり、刺身やら色々他のもの頼みたくなる。
が、私は助平心は出さぬことにしている。
鍋だけで十分。うまいし、腹も一杯、で、ある。
足りなければ、鍋をお替りする。
むろん、他のものを頼めば、高く付く。

鍋がきた。

落語にも出てくるが、馬なので、蹴っ飛ばし、
などとも言った。

「みの家」の名入りの銅の鍋。
桜肉に脂、味噌。
この味噌は、例の江戸甘、江戸名産の黒く甘い味噌が
ベースであろうと思うのだが、さらにそれに
八丁味噌を加えているという。
ただ、それだけでもなかろう。妙にクセになる味、
なのである。

ザクはもどした麩に白滝、長ねぎ。
(ザクとは、肉以外の鍋に入れるねぎなどをいう。)
このねぎが太く揃い、美しいではないか。
これも、例の浅草のねぎ問屋、葱善のものだと
思われる。以前にここの調理場で葱善の名札の付いた
ねぎの束を見かけたことがある。
やはり、東京の伝統料理を支えている。

玉子を溶く。

桜肉というのは、すぐに硬くなる。
せわしないが、色が変わったら、端から
どんどん食べなければいけない。

追いつかなければ、火が入りすぎぬよう、
ザクの上に載せてしまう。

ビールから酒に換える。
ここは白鹿。値段が同じなので冷酒にしてみる。

あら方食べ終わり、お替り1人前、をもらおうか。

きた。

このまま鍋に全部入れる。

ご飯二人前とお新香一つも頼む。

これは絶対に必要。
肉も、少しは残しておきたい。
玉子もなくなっていたら、新たにもらおう。

残った玉子と肉の切れっ端、鍋のつゆも少し、
飯にぶっ掛ける。

もしかしたら、これがこの店で一番うまいかもしれぬ。

深川森下[みの家]126年、伝統の味。

うまかった。

ここは、座敷で勘定。
二人で、11,330円也。

ご馳走様でした。
うまかった。


桜なべみの家

江東区森下2丁目19番9号
03-3631-8298

 

 

 

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