断腸亭料理日記2021
3854号
5月11日(火)第一食
第一食がこのところ、遅くなりぎみ。
15時近く。
なにを食べよう。
今日はご飯ものがよい。
時刻がずれているので雷門通りの[尾張屋]。
通しでやっているし、むろん時分時(じぶんどき)
ではないので、混んでもいまい。
[尾張屋]はもちろん、そばや。
それで、ご飯もの?と思われるかもしれぬ。
もちろん大海老天丼(天重)、で、ある。
老舗そばやではあるがなぜか天丼、天重が看板。
浅草というところは、天ぷらやが多い。
それも、お塩でどうぞ、のような天ぷら
ではない。
どちらかといえば、衣がたっぷりとしたもの。
かき揚げがメイン。
まあ、これは歴史的なものであろう。
明治の頃、東京では今の“映え”、あるいは、
メガ盛りのような、特大のかき揚げが
流行り、競って大きなものを出すところが
出てきた。
そんな老舗天ぷらやが、今も浅草にはなん軒かある。
そんな衣の多い天ぷら、かき揚げは、
酒の肴でもよいが、飯にのせて、甘辛い
つゆをたっぷりかけて食べる、
天丼。
お塩でどうぞ、もよいが、それが天ぷらのベスト
ではかならずしもない、と思うのである。
路麺(立ち喰いそば)であれば、あと乗せサクサク
ではいけない。あれば、つゆで衣をふやかせたものが、
うまい、のである。
同様に、そばやの天ぬきもこうしてつまむのがうまい。
どちらも、よいし、どちらもうまい。
そんなことで、雷門[尾張屋本店]。
自動の硝子格子を開けて入ると、予想通り
すいている。
入ったところの帳場に座っているのは
若めの男性。
若旦那、なのであろうか。
左側の壁際の左を案内する。
ちょうど、元祖断腸亭永井荷風先生の写真の前。
黒縁なのであろうか、ロイド眼鏡をかけて
この場所に座って、にこりともせず、
正面を向いているモノクロの写真。
この[尾張屋本店]は、戦後先生の浅草彷徨の際、
かなりの頻度で昼、訪れていた。
食べるのは天丼ではなく、判で押したように、
かしわ南蛮であったという。
ただ、天丼がきらいであったのではないと
思われる。
晩年、先生は本八幡に住まわれていたが、
駅前の天ぷらやからよく天丼、天重であったか、を
取って食べていたとも聞く。
荷風先生は、池波正太郎先生のように
食いしん坊ではなく、むしろ逆であったようである。
男が、食い物のことをぐずぐずいうのは、
よろしくない、という家に育ったから、とも。
荷風先生は、小日向台町にあった
旧幕時代は尾張藩であったか、元武士の家の生まれ。
庶民は別にして、武士の風として、こういうことが
あったのであろう。
対して、池波先生は浅草の生まれ、錺職のお祖父さんの
家で育っている。
また、考えるのが面倒なので、同じものを食べ続ける。
この気持ちは、わからなくはない。
さて。
食事なので、酒はなし。
上天重、2500円也。
きた。
海老の尾っぽがふたからはみ出ている。
もちろん、わざとはみ出させているのであろう。
ふたを開ける。
お新香とお吸い物。
大きな海老。
初めて食べらえた方は、なんだ、嵩上げ?、と
いわれるかもしれぬ。
実際のところ、海老は大きいのではあるが、
多少先っぽに衣だけの部分があることは、
お許しいただきたい。
書いたように衣を大きくするのが流行したという
こともあり、まあ、これはこういうものではないか。
今さらながらだが、この濃い甘辛と
ふやけた衣の組み合わせが改めて、うまい、
と実感する。
うまかった。
ご馳走様です。
台東区浅草1-7-1
03-3845-4500
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