断腸亭料理日記2021
3875号
引き続き、浅草寿町の[ペリカンカフェ]と
[パンのペリカン]のこと。
[ペリカンカフェ]でぶ厚いハムカツの
トーストサンドをコーヒーとともに食べたわけだが
なかなかよかった。
うまかったのも然りなのだが、お店の人々が
かなりちゃんとしていた、ということに、少なからず
関心をした。
そこで[ペリカン]を扱った映画と、書籍があることを
知って、さっそく観て、読んでみた、のである。
2017年 二見書房 渡辺陸、森まゆみ、平松洋子、鈴木るみこ、甲斐みのり著。
渡辺陸氏は、四代目現店主。森まゆみ氏はご存知「谷根千」を
主宰されていた作家。
そもそも[パンのペリカン]について最初に書かねば
いけなかろう。
書籍は、流石、森まゆみ先生が関わられており、かなり
これもちゃんとしている。この店を取り巻く戦前からの
東京の社会背景から描かれている。
四代目当代店主渡辺陸氏は1987年生まれで今年34歳。
お若い。
創業は1941年(昭和17年)、田原町交差点そばの
現在と同じ場所。当時渡辺パン。創業者は陸氏の曽祖父。
太平洋戦争開戦の年である。
空襲で浅草も焼野原になるが、1949年(昭和24年)「三河屋パン」
として営業再開。
現在[ペリカン]は食パンとロールパンなど2〜3種類の
ごく少数の製造販売をしているが、これは1952年(昭和27年)頃
には始まっている。
そして、浅草をはじめ東京の喫茶店、ホテルなどへの卸し
中心の店となる。
1957年(昭和32年)店名を[ペリカン]と変更。
この年、二代目多夫(かずお)氏、大学を卒業し結婚。
ペリカンは多夫氏のニックネームであったそう。
作家吉川英治氏宅にも配達をしていたという。
今となっては閉店してしまったところばかりだが、
かなりの数の有名店に卸していた。
今もあるところでは、人形町の喫茶去[快生軒]。
私も入ったことがあるが、トーストが有名。
向田邦子先生が通われていた。
浅草、ひさご通りの行列店フルーツパーラー[ゴトー]の
フルーツサンドなど。
また、ご近所、とんかつ[すぎ田]のパン粉も
[ペリカン]のものだった。
実質的に、今の[ペリカン]を確立したのは
この二代目の多夫氏といってよさそう。
販売先を開拓する営業は二代目が担っていたよう。
そして、この方のキャラクター。
人あたりがとてもよかった人。
町のパン屋だが他の店と争いたくないと、卸に
特化した営業方針を確立し、続けた。
そして、時代はバブル、喫茶店の減少。
必然的に、業務用の卸は減少。
店頭販売、家庭への宅配もしていたが[ペリカン]の
商売としてはかなり苦しかった頃。
危機といってよいだろう。
2008年(平成20年)多夫氏死去。猛氏が三代目に。
現四代目陸氏[ペリカン]入社。
復活のきっかけは、山本益博氏が週刊文春に書いた
こと、という。これがこのあたりのよう。
そして「アド街」などにも取り上げられ、知る人ぞ知る
から、名実ともに有名店となり、行列ができ、
店頭売りだけで十分に商売が成り立つように。
2014年(平成26年)陸氏、四代目を継ぐ。
2017年(平成29年)[ペリカンカフェ]開店。
[ペリカン]のパンの特徴はモチモチ。
これは多夫氏が確立したもののようで、パンにモチモチ
という言葉を使ったのは初めてではないか、と。
水分が多く、重い。
昨日も書いたが、パンを表現する言葉を持たない
私など、言われれば、そうか、と思うが。
そこで[ペリカン]とはどんな店か、このことと、そこから
考えたことを書いてみる。
映画を観ても、本を読んでも[ペリカン]を表現するのに、
共通してなん度も出てくるのは「正直」「真面目」という言葉。
「正直」「真面目」にパンを作り、売る。
この店、これに尽きるのではなかろうか。
これは、二代目多夫氏に負うところが多そう。
そういう方だったのであろう。
カフェで感じた“ちゃんとしている感じ”も
これではなかろうか。
現主人である陸氏も、お客様がどう感じているか、
どう見えているかが大事、と言っている。「客商売」という
ことである。あたり前のこと、であるが。
しかし、品質がよくて、うまく、かつ正直であれば、
商売はうまくいく、というほど、甘くはない。
卸に特化した商売は、喫茶店が減って危機に瀕したが、
マスコミに取り上げられ店売りだけ食えるまで復活した。
この時、閉店していても不思議ではなかったろう。
食い物商売は食いっぱぐれがないともいったが、
一方で、水商売、という言葉もある。
時代、人気、そんなもので浮き沈みをする。
これは、陸氏も語っているが、運がよかったのも
事実であろう。その後の下町、浅草ブームも影響してよう。
ただ、こんなことを思うのである。
浅草には老舗は、江戸創業からそれこそ、ごまんとある。
それぞれ、それぞれの分野でそれぞれの時代、努力して
店を守ってきている。残っているというだけで、
もの凄いことであることが[ペリカン]の例をみても
よくわかる。
だが[ペリカン]の「正直」「真面目」「お客を見る」
というのは、浅草でも、特筆すべき点ではなかろうか。
それが従業員、店員、一人ひとりまで、ある程度
行き渡っているように見える。
そしてこれは浅草の老舗に限ったことではないことに
気が付く。
「お客を見ていない」有名店のいかに多いことか。
そんなところの多くは、決まって居心地がわるい。
名が知られていてうまいと評判、うちはこうです、
といった高飛車な態度。それでも、老舗であれば看板で、
あるいはグルメブームで商売は成り立つ。
私などどんなにうまくとも、一度そんな思いをすると、
二度と行きたくはない。それは「客商売」ではなかろう。
今、コロナの時代皆苦しいことは十分にわかる。
ただ、元々浮き沈みの多い“水商売”であったことも事実。
一旗揚げたい、儲けたい、もよいのだが、
人気を出すために「正直」「真面目」ではないことを
考えてはいまいか。「お客を見ているか」。
まあ、そんなことを考えたのである。
さて。これは[ペリカンカフェ]の昨日。
ポテサラ、ツナ、玉子のロールパンにコーヒー。
一つ、300円ほどなので、コーヒーも入れて1500円と
ちょっと高いことになってしまった。
具の味は、私の好みとしてはちょっと薄かった。
ペリカンカフェ
https://pelicancafe.jp/
台東区寿4-7-4
03-6231-7636
03-3841-4686
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