断腸亭料理日記2019
引き続き、円生師(6代目)の「御神酒徳利」。
夢枕に神奈川宿[新羽屋]のお稲荷様が立った。
善「ぅへぇ〜。ありがとうございます。ありがとうございます。
ご遠方わざわざおいでいただきまして。
お帰りは新幹線で。」
(笑)
これから。急いで、鴻池善右衛門を呼び
善「よっく、承れ・・・・」
と夢のお告げを完コピしたものをやる。
調べて、戌亥(いぬい)隅、四十二本目の柱を足場を組んで掘ってみると
お告げ通りに、観音様が出た。
これは娘全快の奇瑞であると、米蔵を開いて、貧民に施した。
この慈善の徳か娘の病気が全快をいたしましたので、鴻池では、
一方ならん喜びで、
鴻「ありがとう存じます。これも先生のお蔭でございます。なんなりと望み
のことがございましたら。」
善「あたしも一軒宿屋の主になりたいんだけど、どうだろう。」
鴻「お安いことで」
これから。馬喰町に宿屋を建ててもらいまして。
今までは一介の使用人であったのに、一軒立派な宿屋の主になった、という。
それまでとは、桁違いの生活になりました。もっとも、桁違いのわけで、
そろばん占いでございます。
と、円生師は下げている。
この円生バージョンは、志の輔師も演っているよう。
大阪から移されたのはさほど古くなく、昭和の戦前のよう。
成立などはよくわからない。噺の雰囲気からしても江戸期と思って
よいのではなかろうか。ただ、かなり細かいところまで丹念に作り込まれて
いる。円生師(6代目)自身が練り上げたものかもしれぬ。
46分。長いが円生師は休みなしで演っている。
この噺、ハッピーエンドで好きなのである。
なかなかよくできている噺ではないか。
筋に特段の破綻もないと思われる。
円生師はこれを昭和天皇の前で口演している。
もちろん、戦後、昭和48年(1973年)。
それでか、かなりこなれた口調の録音が残っている。
さて。
円生師の長編、次。
「ちきり伊勢屋」。
円生師以外でも、志ん朝師、金馬師(4代目・当代)の音があり、
さん喬師もCDを出している。
「御神酒徳利」よりも長いものだがまあ、今もポツポツと演る人もある噺か。
これもよくできた噺である。
時代設定はやはり江戸時代。
平河町に白井左近というその頃名人といわれた占い者がいた。
列をなしてお客がくる。(やはり占いがテーマである。)
前段、メインのお話と関係がない白井左近の逸話のようなものがあるが
今回ここはカット。
一方、麹町五丁目に[ちきり伊勢屋]という質屋があった。
(ちきりというのは、以前の地図記号の銀行のマーク。元々はお金の
重さを量る分銅のことと聞いたことがある。)
[ちきり伊勢屋]といえば江戸でも指折りの物持ち。
長者番付に名前が載るほど。
主人の名前は伝次郎。この男は二代目。
父親は伝次郎が小さい頃に死んで、番頭に育てられ、まだ若く22歳。
番頭は内儀さんを持たせたいと縁談を進めようとしている。
伝次郎はまだ、よいのでは、と思うが、一度、みてもらうように言われ
白井左近を訪れる。
すると。
「あなたは、運がわるい方だ。」と白井左近。
縁談は、もちろんやめた方がよい。
「驚いてはいけないよ。お前さん、死ぬよ。
来年、二月の十五日、正九つ、必ず死ぬ。」
死相がありありと出ている、と。
年は若いが大きな質屋の主。田舎に田畑も持ち、不自由がない
どころではない。商売もしっかりした番頭が全部やってくれる。
それで不幸というのは、どういうことか。
あなたは親を若くして亡くしている。それはまず不幸というもの。
年がお若いからあなたはご存知ではないかもしれぬが、あなたの
お父さんは伊勢の国から出てこられて、湯屋の三助までしながら
一代で今のご身代を作られた。その間、人がのめろうがなにを
しようがかまわず、身代を増やすことにだけ心を込めた。慈悲
善根というものが毛ほどもなかった。ありようなことをいうが、
あなたの家を[ちきり伊勢屋]という人はいない。麹町名代の
「乞食伊勢屋」と。
その恨みが自然とあなたに報った。俗にいう、親の因果が子に
報うという。あなたは短命に生まれついた。
私は、親切心でいうのだが、あなたはこれから人に親切に、慈善
をしてあげなさい。そうすればあの世にいるお父っつあんも
仏果を得、あなたも今度の世には長生きができるようになる。
伝次郎、大ショックである。
家に帰り、番頭に話しをすると、やはり、という。あなたの
お父っつあんは、ご主人ながら、これが人のすることかと思った
こともありました。名代の占いの名人白井左近のこと、きっと
間違いはないのでしょう。
伝次郎は翌日から慈善を始める。
方々の困っている人をまわって、お金を配る。
ここで当時の貧民街の名前が出てくる。
四谷鮫河(さめが)橋、「黄金餅」で出てきた下谷山崎町。
今日も駕籠に乗って方々まわって、赤坂の田町まできた。
一日駕籠に乗っていると腰が痛くてたまらないので、降りて
麹町までは歩いてもいくらもないので、駕籠は帰す。
喰い違いまでやってくる。
喰い違いというのは、外濠の弁慶橋と四谷見附の間の
喰い違い見附。ちょうど赤坂見附から四谷方向に外濠通りは
坂になっているがその中間。今は赤坂側は弁慶濠で水があるが、
四谷側の濠は水はなく上智大学のグラウンドになっている、あそこ。
今、迎賓館、上智、ニューオータニで人家も店もなく、人通りも
多くはない。夜は寂しい。江戸の頃は迎賓館は紀州家、ニュー
オータニは井伊家、上智大学は尾張家。大きな大名屋敷ばかりで
もっと寂しかったであろう。「のっぺらぼう」という短い噺が
あるが、あれも舞台はこのあたり。
寂しいところなので、首くくりの名所といわれていたという。
実話かどうかはわからないが。
伝次郎がここまでくると、二人の女が今まさに木の枝に腰紐を
掛けて首をくくろうとしている。二人を一度に助けるのだから
忙しい。
母と娘のよう。わけを聞くと、百両の金がないと生きていられない、
と。あー、そんなことなら、と伝次郎は持っていたので百両の金を
渡す。お所、お名前を、というが、教えてしまうと陰徳になら
ないから、教えられないというが、どうしてもというので、
名前だけ伊勢屋伝次郎と名乗る。来年二月十五日に子細あって私は
死ぬことなっているので、命日だと思ってお線香を手向けてください、
と別れる。
一応ここで、切れる。ここまで1時間10分。中休み。
つづく
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