断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その2 円生・御神酒徳利

引き続き円生(6代目)師の「御神酒徳利」。

馬喰町の老舗の宿や[刈豆屋]の通い番頭の善六という人が主人公。

商家の番頭というのは小僧、手代から多くはなるが、奉公が終わり
奉公人ではなく、給金で雇われるようになっている。
住み込みのままの場合もあるが、その場合は内儀(かみ)さんを
もらって、所帯を持つことはできない。内儀さんをもらう場合は
近くに住んで、通う。これを通い番頭というのである。

善六さんも煤取りの大掃除をしていた。
水でも飲もうと、台所にきてみると、かの家宝の御神酒徳利が
出しっ放し。不用心である。どこかに仕舞いたいが箱も見当たらない。
とりあえず、そこにあった水瓶の中に入れて、また掃除に戻った。

掃除が終わり、御神酒徳利を出して、お祝いをしようとすると、
見当たらない。誰も知らないという。善六さんも自分で水瓶に
入れておきながら、それを忘れてしまい、存じませんと言ってしまう。

[刈豆屋]の旦那は青くなり、お祝いにもならないというので、
皆、三々五々、帰っていく。
善六さんも橘町の家に帰る。
帰って、一杯やろうと燗をつけようとすると、鉄瓶に湯がない。
水瓶から水をくもうとすると、、、ここで思い出す。
御神酒徳利は、水瓶に入れたのであった。

困った。今更忘れていましたとはいいずらい。
内儀さんにいうと。内儀さんの父親は、占い者(師)。
占いで見つけたことにすればいいじゃない、ということになる。
今日、内儀さんが家の煤取りをしていたら、古い巻物が出てきて
そこには、善六の生涯に、一回というのもなんだから、三回
くらいがいいっじゃない、なんでも占うことができると書かれていた、
ってことにして、お前さんは、そろばんが得意なんだから、
そろばん占いとかいって、テキトウにパチパチやって、
当てればいい、と。自分で水瓶に入れたのだから、もちろん、
当たる。

急いで店に戻り、旦那にいって、パチパチとそろばん占いをして、
御神酒徳利を、出す。円生師匠の口でパチパチといいながら
そろばんをはじく仕草をするのだが(わかるのは音だけであるが)
これがかなりリアルに聞こえる。
旦那は大喜び。お祝いのし直し。柳橋から芸者を呼んで大騒ぎ。

すると。この日上客なので特別に泊まっていた、大坂の鴻池の
支配人(番頭)。
鴻池というのは、江戸期大坂を地盤とする両替商で豪商。
大坂は各藩の蔵屋敷が立ち並び、全国の米の集散地であった。
その米を換金する掛屋(江戸でいう札差)という役割など、鴻池は
幕府を始め、加賀、尾張、紀州などの有力藩の公金を扱い、大名家への
金融、大名貸しを行っていた。

その鴻池の支配人、江戸には商用できていたが、十七になる鴻池の
お嬢さんが三年このかたぶらぶら病、この表現、落語ではある種
決まり文句である。「今でいう、気鬱症、神経衰弱のようなもの
でしょう」と円生師はなどと説明する(これは別の噺で、だが)。

このお嬢さんのために、江戸でよい占い者があったら呼んでほしい
といわれてきた。善六の今回の御神酒徳利を占いで探し当てたことを
聞いて、是非、大坂まで連れていきたいという。
もちろん、鴻池なのでお礼は望みのまま、当座の費用、一か月分と
して、三十両先に置いていく、と。

善六さんは、もちろん、御神酒徳利の件は芝居なわけで、お嬢様の
病など占うことはできない。困った。内儀さんとも相談したいといって、
一度家に帰る。

内儀さんにいうと「いいじゃない。向こう入費(負担)で大坂まで
行けるんだから。それに当座の費用ももらえるんなら、是非」行けと。
「お嬢様は水瓶の中に寝てねえ」と善六さん。「いいんだよ。私が
おとっつぁんに占いの本を借りてあげるから、それで、死相の見方を
覚えて、死相が出ていたら、祟(たた)りものがしているから助かり
ませんといえばいいんだよ」と。

内儀さんに言いくるめられて、善六さんは鴻池の支配人と
一緒に江戸を立つ。

江戸から七里、東海道神奈川宿。
今の横浜である。
滝の橋の[新羽屋(にっぱや)源兵衛]というこれも鴻池の定宿に
泊まろうとする。(神奈川宿・滝の橋の[新羽屋]というのは実在して
いた宿屋のよう。)
するとまだ明るいのに、戸は閉ざされている。
新羽屋源兵衛の女房に聞くと、十三日に薩摩藩の家来がここに泊まった
のだが、その時に、巾着がなくなった。中にはお金が七十五両、加えて
将軍様への密書が入っていたという。これで主人源兵衛は役所に引かれて
しまった。(薩摩藩からの密書というのは、幕末であれば篤姫の輿入れの
ことでもあろうか。)

それで、これは、善六さん、大先生に占ってもらおう、ということになる。
善六さんは三回は占える。江戸で一回、大坂で一回、もう一回残っている。
善六さん、ピンチである。
占いのお盛物(おもりもの、お供え物のこと)に、大きなおむすびを三つ、
新しい草鞋を二足、提灯にろうそく、、、の用意を頼み、
既に善六さん、逃げ出す算段である。

そのうちに三ツ沢壇林(だんりん)で打ち出す八(や)つの鐘。
すると、この家の若い女中がそっとやってくる。
巾着を取ったのは自分だという。
その女中は近くの百姓の娘で、父親が病、薬を買う金欲しさに取って
しまった、と。その後、主人は逮捕され、家には封印がされ、怖くなって
巾着は隠した。隠した場所は、去年の夏の嵐で裏のお稲荷さんのお宮が
壊れた材木の下。
これを聞いた、善六さん、〆たと。
女中に「よし、わかった。お前は助けてやる。知らん顔をしておけ」
と下がらせ、占いの結果が出たとここの女将を呼ぶ。

また、パチパチと占う。「嵐でお稲荷さんのお宮が壊れたのを放って
おいたので、お稲荷さんが(狐だけに)コンコンと怒って巾着を
お隠しになり、その材木の下に巾着は確かにある」と。
むろん巾着は出てくる。流石大先生!。
また、善六さん三十両の礼をもらう。女中に薬代として五両を渡し、
鴻池の支配人と大坂への道を急ぐ。

大坂の鴻池に着くと、下へも置かないもてなしぶり。
善六さんは、三七、二十一日、水をかぶって断食。
満願の二十一日目、善六さんの夢枕に、百歳を越えているであろう
白髪の翁が立つ。
この台詞が聞き所。
 「ワレは東海道、神奈川宿、新羽屋源兵衛方が地守(じもり)、正一位
  稲荷である。」
善「ぅへぇ〜。お稲荷様でございましたか。」
稲「その方、さいつ日、孝心なる娘を助け、盗賊の罪を稲荷に塗り付けし
  頓才、驚きいったるぞ。」
善「ぅへぇ〜。誠に面目ないことで、なんとも持ってきようがなかった
  もので、お稲荷様のお祟りなどといい加減なことを申しまして、
  どうぞご勘弁を」
稲「いや、さにあらず。新羽屋の稲荷なるものは家に祟りをなし、霊験
  あらたかなりと、その方(ほう)出立の後、参詣人群集をなし、
  宮造営にあいならん。その上、正一位の贈り号を賜り、官位昇進なし、
  文化勲章を賜った」
  (笑)
善「ぅへぇ〜。」
稲「よって、その方に、なにかな礼と存ずるが、当家の娘、病気全快を
  祈るが、そちがいかほど苦慮なすとも人間にはあいわからん。よって、
  稲荷、通力を以てその病気根源を知らしめんによって、よっく承(うけ
  たまわ)れ。

  その昔、聖徳太子、守屋の大臣(おとど)と仏法を争いし時、当地は
  難波堀江と申す一面の入江である湖である。そが中に守屋の大臣あまたの
  仏体を打ち込んだのが埋まり埋まって大坂という大都会にあいなった。
  大坂の土中には諸所に仏像、金像が埋もれおる。まった信濃国善光寺
  如来が、阿弥陀池より出現なしという、放光閣(ほうこうかく)の古跡も
  残りおる。
  当家は大家である。戌亥(いぬい)隅の四十二本目の柱を三尺五寸ほど
  掘り下げみよ、一尺二寸の観世音の仏体現れん、それを崇めよ。娘の
  病気たちどころに全快なし、まった当家は万代不易(ばんだいふえき)に
  これあるぞ。夢だに疑ごうことなかれ」
善「ぅへぇ〜。ありがとうございます」

 

つづく

 

 

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