断腸亭料理日記2019
引き続き、金馬師「藪入り」。
父「ん?
(涙を拭く仕草)
ありがてえ。
(母に)
おっ母ぁ、奉公はありがてえなぁ。
三年前(めい)まで寝床ん中で芋を食わなけりゃ起きなかったんだよ。
三年たつかたたねえ内に、少しばかりの小遣いの中から二人で食べてくれ
って、買ってきたよ、おい!。
仲よく食おうな!。
無暗に食っちゃもったいねえから、神棚ぃ上げといて、神棚ぃ。
後で下ろしたらな、長屋へ少ぉしっつ配ってやんな。
家の子供のお供物です、って。」
母「なにを言ってんだよ〜!。」
(亀に。)
父「は、は、は、は。
方々連れてきてぇんだ。湯ぃ行ってこいよ。
そこの湯はだめだぜ。不愛想でいけねえから、先の湯へ行ってこい。
そうだ、そうだ。
着物、すっかり脱いで。
裸じゃ行かれねえやな。俺の長半纏があるからそいつ着て行け
湯から帰(けえ)ってきてから着りゃあいいから。
そいから、新しい下駄履いてっちゃいけねえぜ。
湯い、新しい下駄履いてくのは一番コケなんだからな。
手ぬぐいも新しいのおろさなくっていいよ。
おっ母ぁ、ちょっと出してやれ。
あーー、それから、湯銭、ある?。
お前(めえ)、家にいる時分にゃぁ、お父っつあん貧乏だったけどな
この頃、お父っつあん工面がいいんだ。
お前(めえ)に借金の言い訳さしたりなんかしてな。
もう、すんなこたぁなねぇんだ、だいじょぶだよ。
湯から帰(けえ)ってきたら、方々一緒に歩きてぇんだ。
おいおい、おっ母ぁ、手桶どかせ。
出入り口に手桶なんか、邪魔っけじゃねえか。
どぶ板踏むといけねえ。
こっちを踏むと、向こうがピャーっと上がるんだから。
ここの大家は店賃取ることは知っても、どぶ板一つ直すこと
知りゃぁしねえんだから。
あー、その犬かまっちゃいけねえ!。
この頃、喰い付くようんなったんだ。
女犬(おんないぬ)だよ。子供産んでから、気が変になったんだ。
え?、そうだ。お前(おめえ)がいた時分にいた犬だ。
おっ母ぁ、見ろよおい!。
犬は、かわいいなぁー。子供に芋の尻尾もらったの覚えてるんだぜ。
他の知らねえ人きたら、噛み付くように吠え付く犬がよー。
尻尾振ってついてったよ。
(遠くへ)
納豆やさん!路地入(へえ)ってくんのちょっと待ってくんねーか!。
子供が湯ぃ行くんだから。
路地が狭ぇからいけねえんだよー。
後で買ってやらぁ。
は〜〜。
行っちゃった。
母「お湯ぃ行ったんだよ!」
父「だけどよー、
もう帰(けえ)ってきそうなもんだけどなー。」
母「今、行ったばかりじゃないか。」
父「えー?来た時?。
俺の考(かんげ)えじゃね、障子開けて、バーッと飛び込んできて
お父っつあーん、とか、おっ母さーん、とかかじり付くもんだと
ばっかり思ってたんだ。
そしたら、開けたらお前(おめえ)、手ぇついて、改まりやがってよー、
めっきりお寒くなりました、と、きやがる。
お父っつあん、おっ母さん別にお変りもございません、
仁義を切りゃがった。驚いたなー、ありゃぁ。
口が利けなくなっちゃったよー。
あのぐれぇ、立派に口が利けるようになって、手紙だって、字だって
文句だって、上手くなって、安心だ。
うん。
着物(きもん)だっていい着物だー、帯だって年季野郎じゃないよ。
下駄、見てみろ。柾(まさ)ぁ通ってらぁ。
お内儀さんに可愛がられんだなー。あいつぁ、如才ねーからなー。
台所の方に可愛がられなきゃいけねーよ。
よせよ、おい。子供の財布なんか開けて見んなよ!。
母「たいへんだよ、お前さん。」
父「なんだよ。」
母「五円札が三枚、小ぃさく折って入ってんの。」
父「偉(えれ)えじゃねーか。小遣(こづけ)えにもらってきたんだ。」
母「だけどお前さん、十五円ってぇのは、、多いと思わないかい?」
父「多いたって、持ってんだから、しゃーねーやな。
多きゃぁどうしたってんだ。」
母「当人にそんなわるい了見はなくってもだよ、お友達が大勢いるから
そん中にわるい人でもあって、もしご主人のお金でも、、」
父「馬鹿いえ!、こん畜生め!。
俺のガキだい!。」
母「お前さんは正直だって、当人まで正直だって言えないだろ。
お前さん奉公して覚えがあるだろ。初めて宿りに十五円も
らったかい?。多いと思わないかい?。」
(父、腕を組んで考える仕草。)
父「十五円は多いなー。
多い!。
やりゃぁがったな!。
目付きがよくなかったからなー。
帰(けえ)ってきやがったら、土性骨(どしょうぼね)叩き
折ってやる。
母「お前さんね、手が早くていけないよ。
どうしたんだい?って聞いて、確かにそうだ、ってわかったら、、、」
父「黙ってろ、黙ってろ、帰(けえ)ってきた。そっち行ってろ。
目付きがすごいこと、見ろ。
仕舞っとけよ。」
(亀、手を付いて、お辞儀。)
亀「行ってまいりました。
たいへん空いてまして、いいお湯でした。
お父っつあん、行ってらっしゃいませな。」
父「前、座れ。」
亀「え?」
父「座れよ!。」
亀「はい。
(座る。)
なに?。」
父「よく聴けよ。
手前(てめえ)の親父はなー。長(なげ)えもの短(みじか)に着て
人様に頭の上がらねえケチーな稼業はしてるけど、人の物と名の
付いたたもの木一本だって盗んだこたぁねぇんだぞ。
親の気も知らねえで、ふざけたことしやがると、ただ置かねえぞ!。」
亀「へ?。」
父「ネタぁ、上がってんだ!。」
つづく
断腸亭料理日記トップ | 2004リスト1 | 2004リスト2 | 2004リスト3 | 2004リスト4 |2004 リスト5
|
2004 リスト6
|2004
リスト7 | 2004 リスト8 | 2004 リスト9 |2004 リスト10
|
2004
リスト11 | 2004 リスト12
|2005 リスト13 |2005 リスト14 | 2005
リスト15
2005
リスト16 | 2005 リスト17 |2005 リスト18 | 2005 リスト19 | 2005 リスト20
|
2005
リスト21 | 2006 1月 | 2006 2月| 2006 3月 | 2006 4月| 2006 5月| 2006
6月
2006 7月 |
2006 8月 | 2006 9月 | 2006 10月 | 2006 11月 | 2006
12月
2007 1月 | 2007 2月 | 2007 3月 | 2007 4月 | 2007 5月 | 2007 6月 | 2007 7月 |
2007 8月 | 2007 9月 | 2007 10月 | 2007 11月 | 2007 12月 | 2008 1月 | 2008 2月
2008 3月 | 2008 4月 | 2008 5月 | 2008 6月 | 2008 7月 | 2008 8月 | 2008 9月
2008 10月 | 2008 11月 | 2008 12月 | 2009 1月 | 2009 2月 | 2009 3月 | 2009 4月 |
2009 5月 | 2009 6月 | 2009 7月 | 2009 8月 | 2009 9月 | 2009 10月 | 2009 11月 | 2009 12月 |
2010 1月 | 2010 2月 | 2010 3月 | 2010 4月 | 2010 5月 | 2010 6月 | 2010 7月 |
2010 8月 | 2010 9月 | 2010 10月 | 2010 11月 | 2011 12月 | 2011 1月 | 2011 2月 |
2011 3月 | 2011 4月 | 2011 5月 | 2011 6月 | 2011 7月 | 2011 8月 | 2011 9月 |
2011 10月 | 2011 11月 | 2011 12月 | 2012 1月 | 2012 2月 | 2012 3月 | 2012 4月 |
2012 5月 | 2012 6月 | 2012 7月 | 2012 8月 | 2012 9月 | 2012 10月 | 2012 11月 |
2012 12月 | 2013 1月 | 2013 2月 | 2013 3月 | 2013 4月 | 2013 5月 | 2013 6月 |
2013 7月 | 2013 8月 | 2013 9月 | 2013 10月 | 2013 11月 | 2013 12月 | 2014 1月
2014 2月 | 2014 3月| 2014 4月| 2014 5月| 2014 6月| 2014 7月 | 2014 8月 | 2014 9月 |
2014 10月 | 2014 11月 | 2014 12月 | 2015 1月 |2015 2月 | 2015 3月 | 2015 4月 |
2015 5月 | 2015 6月 | 2015 7月 | 2015 8月 | 2015 9月 | 2015 10月 | 2015 11月 |
2015 12月 | 2016 1月 | 2016 2月 | 2016 3月 | 2016 4月 | 2016 5月 | 2016 6月 |
2016 7月 | 2016 8月 | 2016 9月 | 2016 10月 | 2016 11月 | 2016 12月 | 2017
1月 |
2017 2月 |
2017 3月
| 2017 4月 | 2017
5月 | 2017 6月 | 2017
7月 | 2017 8月 | 2017
9月 |
2017 10月 | 2017 11月 | 2017 12月 | 2018 1月|2018 2月| 2018 3月|2018 4月 |
2018 5月 |
2018 6月|
2018 7月|
2018 8月|
2018 9月|
2018 10月|
2018 11月|
2018 12月|
(C)DANCHOUTEI 2019