断腸亭料理日記2019
引き続き、三代目三遊亭金馬「藪入り」。
藪入りで買ってきた子供の財布に十五円入っていた。
前にも書いたが、一円は現代の7〜8000円から1万円のイメージで
よろしかろう。十五円はやはりいかにも大金である。
父「手前(てめえ)の銭入れ開けてみるってぇと、五円札が三枚
小さく折って入(へぇ)っていたの、初めての宿(やど)りに
十五円ってのは多いや。どっから盗んできたんだ、言え!」
亀「まー、なにかと思ったら、びっくりしゃちゃったー。
あたしの財布開けてみたの?。
帰ってくるとすぐに財布なんぞ開けるんだもん。
することが野卑だからいやだ。
だから貧乏は、、」
(父、亀を叩く仕草と音。)
父「コラ!、なにが、、」
母「およし、およし。
(亀に)
お逃げ、お逃げ、お逃げよ!
(父に)
およし、ってんだよ!。
ご近所の人が止めに入ったらどうするんだよー。
血で血を洗うようなもんじゃないか。
(亀に)
ごめんよ。おっ母さんがわるいんだよ。
お父っつあんがわるいんじゃない。
あんまり多いからねー。
お前一人だろー、心配したんだよ。
盗んだんじゃなきゃいいんだよ。
聞かしとくれ、どうしたの?。
泣いてちゃわからない。どうしたの?。」
(亀、泣きながら。)
亀「盗んだんじゃありませんよー。
盗んだんじゃ、ありませんよ。
あすこの家にご奉公にいったら、ペストが流行るからネズミ捕れ
ネズミ捕れって。ネズミ捕っちゃ、交番へ持ってて、そんなかで
一匹十五円って懸賞が当たったんですよ。
子供がお金持ってるとためんならないから、預けとけって。
今朝、宿りに行くって言ったら、お前の家も困ってるだろうからって、
持ってって、持ってって、、、
喜ばせろって、旦那から頂いてきた。
盗んだんじゃありませんよ。ネズミの懸賞で取ったんです。
母「まー、偉いことしたねー。そーかい。
(父に。)
こら!。ネズミの懸賞で取ったんだ、っていうじゃない。」
父「手前がヘンなこというから、妙な気になったじゃないか。
馬鹿野郎め。
(亀に)
ネズミの懸賞で取ったー。
うまくやったなー。
主人大事にしなよ。
チュー(忠)のお蔭だから。
これで下げ。
いかがであったろうか。
25分ほど。
人情噺といってよいだろう。
だが、長くはない。
三代目三遊亭金馬の十八番。
弟子の当代の音もあるがやはり、先代のものであろう。
この形にしたのは、前にも出てきた初代柳家小せんという。(「落語の鑑賞201」末信真治編)
それ以前は「お釜様」といって、ネズミの懸賞ではなく、男色の
番頭にもらったという、ちょっとバレ(エッチな噺)がかった
ものであったという。(同)
初代小せん師の速記は残っていないよう。(残っている速記は戦前の
既に三代目金馬師のもののよう。)
書いたように初代小せんは廓通いが祟り、梅毒から腰が抜け、三十六の
若さで大正8年(1919年)に亡くなっている。
三代目金馬師は明治27年(1894年)の生まれで大正4年(1915年)に
真打になっているので小せん師の晩年、若い者に自宅で教えるように
なっていた頃、金馬師も習っていたことは十分にあり得よう。
ネズミの懸賞金にして、忠・チュー、で下げている。
いかにも明治の改作である。
男色の「お釜様」もどんなものか、聞いてみたいような気がするが、
初代小せん師、たいした発想力である。
自らは放蕩生活をしていたのであろうが、忠孝に持っていったのも
おもしろい。
しかし小せん師、三十六で亡くなったのは、いかにも惜しい。だが、
いかにも噺家であろう。
明治30年頃、ペストが流行りネズミを捕ることが奨励され(同)、
一匹五銭程度で買い上げられ、懸賞金も出されていたという。
(「世界大百科事典」平凡社)
金馬師は、独特な声質、口調、リズム。
声もでかいが、とにかく説得力がものすごい。
天才的なものであったと思われる。
こんな人は、いない。
不世出といってよろしかろう。
戦前、若い頃から売れていたというのは、なるほどうなづける。
金馬師でなければ、この噺もここまでの説得力というのか、
作品にはなっていなかったであろう。
志らく師の、口調からなにから金馬師を完コピしていたのを
聴いたことがあるが、そうでもしなければ、この噺は伝わらない
と思われる。
三代目金馬師は音も残っているし、晩年の動画も残っているので、
是非探して聞いてみていただきたい。
こういたった音や動画、50年以上も前の物ではあるが、今視ても、
聞いても、多少、わからなくなった言葉はあるが、大方は立派に
伝わる。十分に笑えるし、おもしろいと思う。
現代の落語家がこの噺を演る意味は、まああまりなかろうが、
単なる、歴史文化史料、文化財ではなく、現代の日本人の鑑賞にも
十分に耐え得る、名作と言ってよいものである。
大切にしたい。
さて、三代目金馬師。
ネタ数が多いが、短いものが多い。
この人となると、もう二席。
「居酒屋」と「小言念仏」。
どちらも短い。
「居酒屋」は有名であろう。
志らく師にしても、今の落語家もよく演っているので、ご存知の
方も多かろう。
「小言念仏」。
これは談志家元が、愉しそうにやはり高座で完コピしていた。
もとの金馬師のものももちろん残っているので、私は聞いている。
やはり、文化財的に、おもしろい。
小噺といってもよいくらいのものではある。
つづく
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