断腸亭料理日記2019
引き続き、金馬師「藪入り」。
子供が藪入りで帰ってきた。
母「お前さん、なんか言っておやんなさいよ!」
父「待っつくれ、声が出ねぇんだ。馬鹿野郎。
どうも、ご親切にありがとうございました。
今日(こんち)はまた、ご遠方んとこ、ご苦労様でございます、、
ありがとう。
もうすっかりいいんだ。
なに、風邪引いただけなんだ。
あんなものなんでもないんだよぅ。
いつもならな、熱っつい湯へ入(へえ)ってきてよぅ、
うどん二杯でも手繰り込んで、風邪薬飲んで、布団かぶって
寝ちゃやぁ、汗びっちょりけいて治っちゃったんだ。
それやった。
したら、年だなぁ。
なっかなか、熱が下がらねえんだよぅ。ハァッハ、ハァッハ、いって
苦しくってなぁ。
そいから、え?、うん。
おっ母ぁ、近所の医者、頼んできた。
髭、生えてたけどあんまりうまくねえ野郎だな。
腸からきた熱だって、油、飲ましゃぁがって、
ピーー、ピーー下っちゃった。
それでも熱が下がらねえんだよぅ。
おっ母ぁ心配(しんぺえ)して、本所の先生頼んできて、
あそこの先生頼んだっていいけど、銭ぃ取ってくれねえからなぁ。
でも、仕事に行くたんびに見てもらっているから、よく知ってるよぅ。
すぐ来てくれてな。
あ、こりゃ、大変だ、って、なんでも急性肺炎だって、治ったの
珍しいんだって、難しい名前(なめえ)の肺炎だって。
煮干しぃな、辛しぃ溶いたの背中から胸まで、一杯貼られちゃった。
カッカ、カッカして苦しくって、苦しくって、しゃぁねえんだ。
お前(おめえ)一人だろぅ。だらしがねえったら、ありゃしねぇ。
ほんとに会いたくなっちゃってなぁ。
もしものことって、な、吉兵衛さんに頼んだ。
見た、見たよ。
文句といい、字といい、上手くなったって思ったら、
ありがてぇなぁ、って、あの手紙持って、飛び起きちまった。
それから治っちゃったんだ。
あれからこっちぃ、風邪ぇ引くとお前(おめえ)の手紙見て、
治してんだぃ。
俺の風邪薬、お前(おめえ)の手紙が、一番(いっちばん)
よく効くよ。
あーー、ありがと。もうすっかりいいんだ。
うん。
おっ母ぁ、おっ母ぁ!、、どっか行っちまうな、心細いじゃねえか。
野郎、大きくなったろーなー。」
母「なんだい?」
父「野郎、大きくなったろーなー。」
母「大きくなったろーなー、って、お前さんの前に座ってんじゃないかぁ。
ご覧よ!。」
父「見てえんだけど、見(め)ぇねえんだよ。
目ぇ開くとてえと、後から後から涙、出てきやがる。水っ洟(はな)まで
出てきやがる。
お前(おめえ)代わりに見てくれ。」
母「なに言ってんだい。
だらしがないねぇ。ご覧よ!。」
父「見るよ。どうせいっぺん見なきゃなんねえから。
(見る。、、指を差し、満面の笑み。)
は、は、、、動いてやがる、、」
母「あたり前だよ!。生きてんだから。」
父「は、は、は、は。
よく来たな。
お前(おめえ)来るだろうってんでな、おっ母ぁ夕べ夜っ引(ぴ)いて
寝ねぇんだ。」
母「お前さんが寝ないんじゃない。」
父「お前だって寝ねぇじゃねえか。
あー、ひびが切れたなぁー。水仕事したら、よーく拭いてから火ぃ
あたらなきゃいけねえよ。
他に身体ぁわるくねえか?。
そーか、そりゃいーなー。
いっぺん立って見してくれ。
おー、おっ母ぁ、見ろよ。俺より背が高けぇや。」
母「お前さん、座ってんだよ。」
父「あー、そーか。俺、座ってんだ。
ちょっと、向こう向いて見してくれ。
肩幅広くなったなぁー。
立派んなった!。うん。
大きく、ずーっとまわれ。チンチンしろ。」
(両手前に出し、チンチンの仕草。)
母「犬じゃないよ!。」
父「は、は、は、は、は、は。
こりゃぁよかったな。
お内儀さんも旦那も、お変りはないか?。
なんだ?。」
(亀、扇子を広げ、差し出す仕草。)
亀「これ、あの、奥から頂いてきたんですが、つまらないもんですが
お家へよろしく、と、仰いまして。」
(父、扇子をおしいただき。)
父「こりゃ、どうもありがとう。
おっ母ぁ、なにか頂いたよ。
あっちぃいったらなぁ、顔出ししとかないといけないよ。
こいだけ、大きくしてくださるなぁ、並大抵なこっちゃないよ。
その上、こいだけのもんでもいただくんだ。
いや、表から行かなくってたって、裏から、いつもお世話様ん
なりまして、って言えば違うよ。
(亀に)
こないだお前(おめえ)んとこの前通ったんだ。
えー?知らなかった?。
俺ぁ気が付いたんだ。あーいるなーって思ったんだ。
なんか、丸顔の赤ら顔の小僧さん、え?なんてんだ?
新どん、ての?、ふーん。
その人と、引っ張りっこみたいな用してたよ。
そいから、おーう、って飛び込もうと思ったけど、
こんなところで里心付かれたら合わねえ、って思うから
目ぇつぶって、横向いて、駆け出した。
大八車ぶつかってよー。
はっ、はっ、はっ、はっ。大笑(われ)いよー。なんだい?
(扇子を広げ、亀、差し出す仕草。)
亀「これ、あたしのお小遣いで買ってきたんですけど、お口に合わない
でしょうけど、お父っつあんとおっ母さんと、食べて下さい。」
つづく
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