断腸亭料理日記2019
引き続き、文楽師「よかちょろ」。
〜〜〜〜
旦「よーし!。この野郎。あー言えば、こー言うといってな。
なんでも親に口返答(くちへんとう=口答え)をしやがって。
よーし!。
今、お父っつあんが、ここで書き取ってやるから。
その代わり、なんだぞ。お父っつあんが付けて、十銭でも無駄が
あったら、承知しないぞ。」
若「ええ。ただの五銭もございません。」
旦「なんとでも言え。
親を馬鹿にしやがって。
幸太郎。お前さんはね、わるい癖があっていけませんよ。
遊(あす)びでもして帰ってきたら、親に小言を言われたら、
しおれてるとか、、、
親に口拳闘しやがって。
(筆を持って書こうとするが、、書けない仕草。)
旦「筆の頭がない!」
若「お父っつあん、さかさまです。」
旦「どこ?、、、?
そんなことは知ってますよ。
若「今、ないと仰った。」
旦「リョウ・ホ・ウにない、ってんだよ。」
旦「言ってみろ!。」
若「ひげ剃(す)りが五円と願います。」
旦「なんだい?」
若「ひげ剃りが五円と願います。」
旦「なん人のひげ剃りだい?。」
若「私、一人です。」
旦「お前はね、商人(あきんど)の家に生まれて、勘定がわからないか、
おい。
三十銭出せば、面中(つらじゅう)ひげでもあたってくれる。
五十銭出せば、きれいに刈り込んで、耳掃除をしてくれて
爪まで取ってくれて、、、
手前の、その、泥鰌っぴげ!。」
若「え、へ、へ、へ。
お父っつあん、入れ歯が落ちました。」
旦「いちいち、いちいち、親を馬鹿にしやがって。」
若「お父っつあんが仰るね、その三十銭、五十銭のひげ剃りというのは
普通の床や。
あたくしのは、そうじゃない。
[角海老]の花魁の三階の角部屋。
〜〜〜〜〜
[角海老]は吉原の妓楼。木造三階建てである。
〜〜〜〜〜
十二畳の座敷。
縮緬(ちりめん)の座布団をあたくしは二枚敷いて、
前に、百三十五円という姿見(すがたみ)がある。
ここに花魁がいます。
ここに新造衆(しんぞしゅ)がいる。
後ろに床やの若い衆(わかいしゅ)が立ってよう、と。
前に金盥(かなだらい)があって、これにぬるま湯が入ってる。
ここに豆どんが居眠りをしてます。
〜〜〜〜〜
新造衆も豆どんも花魁付きの女の子。
〜〜〜〜〜
ここに猫がいたり、いなかったり。
(このフレーズはこの噺、最大の傑作。)
で、あたくしが、花魁の部屋着を着ちゃう。
で、花魁のしごきを締めて、
懐手(ふところで)をして、こういう形になってる。
反身(そりみ)になってる。
こ(う)いった形になってる。
お父っつあん、お父っつあん、ご覧なさい。」
旦「見てますよ!。」
若「と、花魁がね。
若旦那。あーた、ひげひげと仰るけど、ひげのある方が、いいのよ!。
いやに、若返って、浮気でもしようと思って。
あたしが湿(しめ)してあげますから、こっちをお向きなさい。
あたしが湿してあげますから、こっちをお向きなさいって。
強情ね!。
あたしが湿してあげますから、、こっちをお向き、って。」
(また、仕方話。旦那の顔を向かせる。)
旦「なんだって、あたしを向けるんだよ。」
若「花魁が私を向ける。」
旦「お前があたしを向けることはないじゃないか。」
若「でも、話しの情愛。」
旦「情愛なんざ、どうでもいいんだよ!。」
若「花魁が、ぬるま湯をこう、あたくしの顔、、」
旦「ちくしょう、人の顔撫ぜやがって。
じゃ、ひげすりの五円ってなぁ、いいよ。
後はなんだ!。」
若「後は、よかちょろを四十五円(しじゅうごえん)と願います。」
旦「よかちょろ、、、、?舶来もんかい?」
若「いえ。こちらのもので。」
旦「どうせ、貴様の買うもんだから、ろくなもんじゃなかろう。」
若「いえ。ごくおためになる。お座敷向きに使います。
安いもんで、儲かるもんでございます。
実は、お父っつあんにお願いをして、安い時にうんと仕入れようと
思ったんで。へえ。
遊んでおりまして、かえって申し上げて、お腹立ちがあると
いけないと思いまして、差し控えました。」
旦「ふ、ふ。お前は、そういう馬鹿だ。
言われなくてもいい、小言を言わてやがん。
そんな安いもんで、儲かるもんなら、裏の蔵が空いてるんだから
うんと仕入れる、てぇやつだ。
ふ、ふ。
小言を言うようなものの、でもいいところもあるよ。
お前は、それでも商人の倅だ。
そうか、そこへ気が付いたか。
そんな安いもんで、儲かるもんなら、お父っつあん、見たかったな。」
若「じゃぁ、ご覧に入れましょうか。」
旦「そこにあるのかい?」
若「ええ、ええ。」
旦「なんだ、馬鹿な。じゃ、見せなさい。」
若「へえ、じゃ、ご覧に入れます。
つづく
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