断腸亭料理日記2019
引き続き、文楽師「よかちょろ」。
〜〜〜〜
(手拍子)
(唄)
はぁ〜〜
女ながらも まさかの時は は は よかちょろ
主(ぬし)に代わりてぇ たま襷 よかちょろ すい〜のすい
きてみて知っちょる 味ぉみて よかちょろ ひげちょろ
ぱぁっぱっ
これが、四十五円。」
旦「馬鹿!。飽きれたね。
おいおい、婆さん。お前そこで笑ってちゃだめですよ。
倅がよかちょろを四十五円で買やあ、婆、喜んで笑ってやがる。
お前さんが親なら、私も親です。二十二年前にお前の腹からこういう者が
出来上がったんです。恥じ入りなさい。畢竟、お前の畑がわるいから
こういう者が出来上がるんです。」
婆「お父っつあんは幸坊(こうぼう)が道楽をすると、なんぞというと
あたしの畑、畑と仰るけど、あなたの鍬(くわ)だってよくない、、」
旦「な、なにを馬鹿なことを。」
婆「いいじゃございませんか。なにも孝太郎が他人のお金を使やぁしまいし、
自分のところお金を自分で喜んで、機嫌よく使ってるの。
それをあなたがお小言を仰るというのは、、、」
旦「なにを、言ってるんだ。
倅が、道楽をして、親がほめている奴がありますか。」
婆「ほめやしませんけど、あなたと孝太郎とは年が違います。」
旦「あたり前ですよ。親子で同い年てぇのがありますか。」
婆「そうじゃございませんか。あーただって、二十二の時がございました。
あなたが二十二、私(あたくし)が十九でご当家にお嫁にまいりました。
その時に、お父っつあん、三つ違い。
うふっ、いまだに三つ違い。」
旦「な、なにを、馬鹿なこといってるんだ。」
若旦那、ご勘当になります。
よかちょろという、馬鹿ゝゝしいお笑いでございました。
ここまで。
17分。
略、なしですべて音から起こしてしまった。
「よかちょろ」としては、文楽師以外では、談志家元が演った
という程度であろうか。
あまりこの形では演る人はいなかった。
今ではほぼいないのではなかろうか。
「よかちょろ」というのはそういう意味では珍しい噺である。
この噺は「山崎屋」というちょっと長い噺の冒頭部分を独立させた
ものなのである。
円生師(6代目)によれば上下に分けて演られていた上を改作した
ものという。今の「山崎屋」では上の「よかちょろ」部分は演じない。
(「円生全集」青蛙房)(談志家元が通しで演じている音がある。
また、私は雲助師のものを聞いている。)
ただ「よかちょろ」という形でも明治に既に速記があって、
新しいものではない。
速記は明治40年(1907年)、前に「火炎太鼓」のところで出てきた
初代三遊亭遊三のもの。
この人が「山崎屋」から改作、独立させたという。(「口演速記明治
大正落語集成」)
銭勘定も「山崎屋」は両だが「よかちょろ」は円で、時代設定は
明治といってよい。
文楽師のものは初代遊三のものから構成は変わらないがさらに
整理されている。年代的に、初代遊三師からダイレクトではなく、
間に誰か入っているのであろう。
噺の冒頭に「間にはさまって」とあったように、短い噺なので
文楽師がトリでない場合に演るものの一つであったのであろう。
“よかちょろ”という唄は、一般に明治の俗謡という説明がされる。
特にこの噺が作られた明治40年頃に流行ったという。
これは確認ができていないのだが、数年前の幕末の長州が舞台の
NHK大河「花燃ゆ」で出てきた記憶がある。原曲というのであろうか、
元は、幕末の長州で唄われていたものではないかと思われる。
長州藩が欧米列強に砲撃をした下関戦争後の萩。
「女ながらも まさかの時は は は よかちょろ
主に代わりてぇ たま襷 よかちょろ すい〜のすい」
という部分がある。下関戦争後、藩士達は萩にはおらず、
下関の次に萩が砲撃されるのではないかとのおそれから
台場など防衛施設を、残った女達が出て急遽作ったという。
この時に唄われたと、唄とともに放送されていた、記憶がある。
語尾も〜しちょる、で長州弁のように聞こえる。
この長州の唄が、明治に入り長州出身の新政府の役人らによって
新橋あたりの花柳界に伝わり、お座敷唄として歌詞も変化して
唄われたのであろう。
さて。
この噺、全部書き出してしまったのだが、文字にして伝わった
であろうか。
いわゆる道楽者の若旦那の典型のような噺である。
若旦那、番頭、旦那とそのお内儀さん(お婆さん)の四人の
キャラクターがとてもクリアに表現されている。
特にやはり、若旦那であろう。
この噺に近いもので文楽師も演った「干物箱」などの若旦那も
共通している特有のキャラクターであろう。
この若旦那の表現が嫌味なく、きれいに完成させたのは、文楽師の
功績といってよいのではなかろうか。
金持ちの放蕩息子で、パアパアした頭空っぽ、にも描けるし、
キザで嫌味(ドラえもんのスネ夫のような)にも描けるが、そうでは
ない。
そしてこの噺の肝は本文にも書いたが、ひげ剃りの部分。
「吉原の角海老の三階の角部屋・・・ここに猫がいたりいなかったり。」
“猫がいたりいなかったり”である。
この噺は、ここが聞きたいから、聞くといってよいところである。
まったく傑作。
明治40年の速記を読むとちゃんとこのまま、既に出ている。
文楽師など後の創作ではなく、初代遊三師(またはそれ以前)には
できていた、のである。
このセンス。素晴らしいではないか。
欠伸(あくび)を教える「欠伸指南」にも共通するような、
のんびりとしていて、洒落たおかしみ、豊かな時間が流れている。
この“猫がいたりいなかったり”のよさは談志家元も言っていたし
やはり愉しそうに演じていた。
江戸・東京落語の奇跡といってよいのではなかろうか。
「悪党の記憶」も江戸・東京落語の本質であれば
“猫がいたりいなかったり”も江戸・東京落語の神髄であろう。
後世に伝えていかなければならないものであると思っている。
そんな意味でも「よかちょろ」は「山崎屋」の一部ではなく
「よかちょろ」として演じられて然るべきである。
談志家元亡き後「よかちょろ」単独ではあまり演じられていない
ようだが、是非現役落語家の皆様、ご一考いただけまいか。
つづく
断腸亭料理日記トップ | 2004リスト1 | 2004リスト2 | 2004リスト3 | 2004リスト4 |2004 リスト5
|
2004 リスト6
|2004
リスト7 | 2004 リスト8 | 2004 リスト9 |2004 リスト10
|
2004
リスト11 | 2004 リスト12
|2005 リスト13 |2005 リスト14 | 2005
リスト15
2005
リスト16 | 2005 リスト17 |2005 リスト18 | 2005 リスト19 | 2005 リスト20
|
2005
リスト21 | 2006 1月 | 2006 2月| 2006 3月 | 2006 4月| 2006 5月| 2006
6月
2006 7月 |
2006 8月 | 2006 9月 | 2006 10月 | 2006 11月 | 2006
12月
2007 1月 | 2007 2月 | 2007 3月 | 2007 4月 | 2007 5月 | 2007 6月 | 2007 7月 |
2007 8月 | 2007 9月 | 2007 10月 | 2007 11月 | 2007 12月 | 2008 1月 | 2008 2月
2008 3月 | 2008 4月 | 2008 5月 | 2008 6月 | 2008 7月 | 2008 8月 | 2008 9月
2008 10月 | 2008 11月 | 2008 12月 | 2009 1月 | 2009 2月 | 2009 3月 | 2009 4月 |
2009 5月 | 2009 6月 | 2009 7月 | 2009 8月 | 2009 9月 | 2009 10月 | 2009 11月 | 2009 12月 |
2010 1月 | 2010 2月 | 2010 3月 | 2010 4月 | 2010 5月 | 2010 6月 | 2010 7月 |
2010 8月 | 2010 9月 | 2010 10月 | 2010 11月 | 2011 12月 | 2011 1月 | 2011 2月 |
2011 3月 | 2011 4月 | 2011 5月 | 2011 6月 | 2011 7月 | 2011 8月 | 2011 9月 |
2011 10月 | 2011 11月 | 2011 12月 | 2012 1月 | 2012 2月 | 2012 3月 | 2012 4月 |
2012 5月 | 2012 6月 | 2012 7月 | 2012 8月 | 2012 9月 | 2012 10月 | 2012 11月 |
2012 12月 | 2013 1月 | 2013 2月 | 2013 3月 | 2013 4月 | 2013 5月 | 2013 6月 |
2013 7月 | 2013 8月 | 2013 9月 | 2013 10月 | 2013 11月 | 2013 12月 | 2014 1月
2014 2月 | 2014 3月| 2014 4月| 2014 5月| 2014 6月| 2014 7月 | 2014 8月 | 2014 9月 |
2014 10月 | 2014 11月 | 2014 12月 | 2015 1月 |2015 2月 | 2015 3月 | 2015 4月 |
2015 5月 | 2015 6月 | 2015 7月 | 2015 8月 | 2015 9月 | 2015 10月 | 2015 11月 |
2015 12月 | 2016 1月 | 2016 2月 | 2016 3月 | 2016 4月 | 2016 5月 | 2016 6月 |
2016 7月 | 2016 8月 | 2016 9月 | 2016 10月 | 2016 11月 | 2016 12月 | 2017
1月 |
2017 2月 |
2017 3月
| 2017 4月 | 2017
5月 | 2017 6月 | 2017
7月 | 2017 8月 | 2017
9月 |
2017 10月 | 2017 11月 | 2017 12月 | 2018 1月|2018 2月| 2018 3月|2018 4月 |
2018 5月 |
2018 6月|
2018 7月|
2018 8月|
2018 9月|
2018 10月|
2018 11月|
2018 12月|
(C)DANCHOUTEI 2019