断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その32 桂文楽・よかちょろ

引き続き、八代目桂文楽師「よかちょろ」という噺である。

〜〜〜〜〜〜
若「それが、お前は素人だ、てんだ。
  ナカの花魁から半年預かってるんだ。」
番「なんだって、あーた、預かってるん?」
若「俺は、預かりたく預かってるんじゃない、向こうが預けるんだ。
  
  で、花魁が言うのにはね、

  若旦那、早くあーたと一緒になりたいと思うけど、今、一緒になると、
  たいへんにお金がかかる。
  若旦那にはこれまでも随分お金を使わしてる。さ、一緒になりたい
  から、またすぐお金、といっては、あんまり冥利がわるい。
  ですから、後生ですから、半年辛抱してください。
  半年経てば、私の身体も楽んなる、そーすれば、お金を使わずに
  一緒になれる。それまでは、あーたのお身体はあたしの物ですから
  あなたにお預け申します。
  その代わり、三日目には必ず顔を見せてくださいましよ。
  確かにお預け申しましたよ。お大事になすって下さいましよ。
  よろしゅうございますか。若旦那、よくって。

  て、へ、へ、へ、、、、、へー、、、」

  (若旦那泣きだす。)

番「泣かなくたってようがす。」
若「三日目の約束だから、花魁にこの顔を見せるよ。
  するとこの顔に傷ができてる。
  花魁が承知しないよ。

  若旦那、どうなさいました、そのお顔の傷は。
  どなたと喧嘩をなすった?
  あなたの身体ではございません。
  あなたに半年お預け申した身体でございます。
  他のとこなら我慢ができます。
  お顔の傷は我慢ができません。
  さ、どなたと喧嘩を?相手を仰(おっしゃ)い。
  黙ってちゃわからないじゃありませんか。

 (番頭の胸倉をつかむ、、いわゆる仕方話。)

番「あなたはね。お話しはよこざんすがねー、
  その、仕方話は、いけません。
  痛いよ、あーた。」

若「花魁、怒っちゃいけない。
  あたしは、友達と喧嘩をする、そんな野蛮な人間じゃないよ。
  実はこれは、親父にぶたれたんだと、こういうと、
  花魁がまた承知しないよ。

  なんて親です、そんな親がどこにあります。
  現在の我が子に、傷を付けるとは、なに事です。
  親父というものは、人間の抜け殻でございます。
  死なないように、ご飯をあてがっておけばいいのです。
  そーいう親父は片付けて下さい。
  (声が大きくなる。)
  親父は人間の抜け殻でござい、、。」

旦「番頭ぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

番「ますます、ご立腹ですよ。
  早く行って、お詫びをなさいよ。」
若「行くよ。
  
  じゃ、こうしとくれ。
  親父んとこいくからねー、お前あたしの後ろに座っといてくれ。
  でね、あたしが親父を、トン、トン、トン、とやりこめるよ。
  と、親父が悔しがってね、煙管へ手が掛かったな、と思う途端にね
  俺がパッと体をかわすからね、お前が首をヌーッと出す。
  で、お前の頭を心持よく、スポーンといく。」
番「若旦那、せっかくの思し召しですが、わたくし、御免被
  (ごめんこうむ)る。」
若「御免被るって、お前、やに遠慮深い」
番「遠慮しますよ。あーた。
  痛いもの。」
若「痛いったって、そんなケチな頭。」
番「ケチな頭だって、痛うがす。御免被ります。」
若「タダはぶたせないよ。
  ポカっとくれば、現金二円やるよ。」
番「はーはー、ポカ殴り現金二円。
  請け合いましょ。
  続けて十五。」
若「そんなにぶたれなくたっていい。
  早くおいで。」

若「ヘイ。
  お父っつあん。ご機嫌よろしゅう。」
旦「ちっとも、ご機嫌よくない。
  黙って聞いてりゃ、いい気になりゃがって。
  親父は人間の抜け殻でございます、ってやがる。
  抜け殻のお蔭でお前は道楽ができるんですよ。
  
  お前さんはね、うちに兄弟があれば、とおにうちぃ置く男じゃ
  ないんだ。たった一人だから、我慢をしていればいい気に
  なりゃがって、悪(わり)いことばかり覚えて。
  うちの用をちっともするんじゃなし。
  子供じゃなし、二十二にもなって世間を見なさい。
  
  あー、そんなことどーでもいい。
  
  お前、依田さんに行って勘定取ってきたんだろ。」
若「十円札で二百円、確かにいただいてまいりました。」
番「番頭に渡したのか?。」
若「まだ渡しません。」
旦「そこに持ってるのか?。」
若「持ってはおりません。」
旦「おかしいじゃないか。
  受け取ったものが、番頭に渡さなくて、そこに持ってないってのは。
  落としたのか。」
若「え〜〜〜〜、落とす気遣いはなかろうという見込み。」
旦「この野郎、ふざけやがって。
  使っちゃったんだろ!。」
若「ぃよ〜〜、偉い!。」
旦「なにが、偉い、だ。
  孝太郎、ふざけなさんな!。
  仮にも二百円という大金が、一日(いちんち)や、半日で
  そう使えるもんじゃないよ。」
若「ふ、ふ、お父っつあん、、、いやだわ。」
旦「なんだい、お前は、馬鹿だね。
  そういう、ヘンなキザな真似をして。
  それをお前が、いいことと心得て。
  そうして、人に馬鹿にされて、お金を無駄に使う。
  それはねぇ、あたしは親だから許しても、天が許さない。
  仕舞いにお前、金罰(かねばち)が当たるよ。」
若「お父っつあん。お言葉の中(ちゅう)ですが、只今、人に馬鹿にされて
  お金を無駄に使うというお言葉。
  只今の若い者、仮に一日に二百円使おうが、三百円使おうが
  人に馬鹿にされて、お金を無駄に使うというということは
  ございません。
  ちゃんと筋道の通った、お金の、、、」
旦「この野郎、言わしておけば、いい気、、
  貴様がなあ、一日に二百円でも三百円でも、筋道の通った
  金が使えるようなら、安心して、この身上(しんしょう)譲るんだ。」
若「すぐ受け取る。」
旦「ふざけんな!。
  いちいち、いちいち、親を馬鹿にしやがって。
  じゃ、使った金を、親の前で、立派に言えるか。」
若「かえって申し上げる方がよろしいんでございます。」

 

つづく

 

 

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