断腸亭料理日記2017

浅草・並木・藪蕎麦

1月19日(金)夜

金曜日、7時15分、栃木からスペーシアで帰ってきた。
なにを食べようか考えてきた。

このところ少し暖かい日もあったりしたが
今日も心持ちすごしやすかったか。

並木の[藪蕎麦]。

今年初めてである。

7時半までに入らねばならない。
東武浅草の改札を出て、走る。

馬道通りを渡り、雷門通りも渡る。

雷門前を左、並木通り。

次の信号が近づいてくると、
[藪蕎麦]の看板の灯りが見えてきた。

よかった、

開いてた。

並木通りを渡って[藪蕎麦]前。

暖簾を分け、曇り硝子の格子を開けて、入る。
お姐さんが、7時半までですが、、。

はい。

あいていた手前のお膳に一人で座る。

店は、呑んでいるグループもあり、
にぎやか。。

なにを頼むかは、むろん決めてきた。

この前は、鴨のキにしたが、
今日は、テンのキ。

お姐さんに、

お酒お燗で一合と、天ぬき、と頼む。

はい、お酒と天ぬき。

お姐さん、板場に注文を通す。

符丁なのだが、いつも聞いているので
再現できてもよさそうだが、いまだに
よくわからぬ。
内容はお客の席と、注文の内容。

お酒から。

四角い年季の入った塗りのおぼん。
奥に店名の焼印の入った一合桝の袴に
真っ白な一合徳利。

右下に薄手の同じく、真っ白な盃。

左にはそば味噌がちょこんとのった
丸いごく小さな小皿。

手前に、箸袋にも入っておらず、箸置きもなしに
おぼんに直に置かれた、なんの変哲もない
割り箸。

まったく潔いではないか。
これが、並木藪の“江戸前”の美意識と
いってよいだろう。

前にも書いたように思うが、明治の頃、
歌舞伎「雪暮夜入谷畦道」で五代目尾上菊五郎が、
これが江戸っ子の愛するそばや
そばの喰い方、そばやでの振る舞い、であると
みせたものを、この店は開店から再現し、
平成が終わらんとしている今も続けている
のではないか、と。

これこそやはり、江戸東京のそばとそばや文化を
継承している、重要無形“食”文化であると
考える。
(ちなみに、この店の創業は大正2年である。)

そして、きた。


テンのキ。


前回、お姐さんが使っていたが、
キは『』にアクセントを置くのが江戸弁。

舌が火傷するほど、熱いつゆ。

これこれ。
寒い時には、これ。

見映えはよくないが、衣がつゆに溶け、
芝海老を熱いつゆのともに、すする。

そして、燗酒の盃を干す。

まったく、堪えられぬではないか。
暖簾が入った。
閉店がみえてきた。
食べ終わり、呑み終わりも見えてきた。

ざるを頼む。

ほどなく、くる。


正月のTV、高麗屋襲名特集番組で新幸四郎が、
麻布のそばやで、そばをたぐっているのが
映っていた。

流石にというべきか、これが実にきれいで、粋。
理想的な、たぐり方であった。

箸でつまむ量がまずポイント。
一口でたぐり込むため、それに見合った量で
なければならない。

つゆに漬けるのは、むろん先の方だけ。
すすり込んで、一回、二回、、
ほぼ噛まずに、のみ込む。
くちゃくちゃと、時間をかけてはいけない。

彼のかの「雪暮夜入谷畦道」の直侍を演じているのを
私も観ている。
そばのたぐり方など、
判りすぎるほど、判っている。

たぐり終わり、席で勘定をして、出る。

ご馳走様でした。
この時間、今年もやはり私にとっては
かけがえのないもの、で、ある。




03-3841-1340
台東区雷門2丁目11−9



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