断腸亭料理日記2016
引き続き、叔母の葬儀から大森海岸の[洋食入舟]。
もう一度。
これが[入舟]名物、天使のエビフライ。
ニューカレドニアで天然のえさだけを与えて育てられたという
ブランド養殖エビだそうな。
本名はブルーシュリンプ(和名は不明)というようである。
生きていると名前の通り青いようである。
天国に一番近い島なので、天使のエビ。
なかなか賢いマーケティングである。
頭から尻尾まで食べてくださいと、運んできていただいた、
女将さん。
この方ももう白髪であるが、最初にお目にかかった、
我々の親の世代、伯母の親友であったお婆ちゃんではない。
娘さんかお嫁さんか。
タルタルソースをつけて食べる。
また、衣もしっかり、サックリ揚がっている。
十分にうまいが、正直のところ、
びっくり仰天するほどではない。
ただ、他にもそういう管理をしている冷凍エビは
あるのであろうが、頭も尻尾もエビ特有の生ぐささ、
エグミのようなものは皆無。
“上質”なエビといってよろしかろう。
(管理がよいので冷凍エビだが、生、刺身でもうまいという。
どこかで食べてみたいものである。)
クリームコロッケ。
ナイフで切って食べる。
これも衣も中のソースもかなりしっかりしている。
ソースにもそこそこ味がついており、なにもつけなくとも
食べられる。
なるほどうまいクリームコロッケである。
カキフライ。
当然、大ぶり。
カキフライはこうでなくてはいけない。
これもやはり、しっかりした衣。
カキのうまみたっぷり。
ここ、派手ではないが、かなり繊細な
料理をしているのではなかろうか。
また、天使のエビ同様、カキそのものも十分に吟味している
のではなかろうか。
とてもおいしかったです。
ご馳走様でした。
さて、大森海岸・洋食[入船]。
私達の親の世代で看板娘のお婆さんが2代目。
今は4代目という。
最初に店に入って声をかけた時に出てきた
若いお兄さんが、4代目なのであろう。
この方は、20代?、30代?。
関東大震災翌年の大正13年(1924年)の創業。
今年で92年、で、ある。
前号で書いたように、当時は大森海岸花柳界に
あった。
場所も駅の反対側の海側か。
今回、叔母の遺品を整理していたら、
私の祖父(叔母の父)の古い写真が出てきた。
ちょっと、おまけ。
個人情報であるが、もはや祖父を知っている人もいるまい。
好きな写真なので、公開しよう。
これはおそらく戦後なん年か後。
大井、鈴ヶ森あたりに住んでいた頃。
祖父は50代。
縞の丹前を重ね着して、この笑顔がよいではないか。
(ノーテンキで、テキトウな感じ?)
身体がわるく兵隊にも行かず戦前戦後、定職もなかった。
わるいようにはとても見えないが、、。
本当にぷらぷら遊んでいた?、、のか。
この写真を見ると“いかにも”な感じが
伝わってくるような気もする。
(ただ、祖父はむろんインテリでもなく、財産もまったくなかったが、
父ら3兄妹を私立の中学、女学校に入れている。まあ、ある程度ちゃんと
教育はさせてはいるといってよかろう。その金はどうしていたのか、、
不思議である。)
住んでいた鈴ヶ森から大森海岸三業地までは
歩いても10分程度であろう。
私の父、伯母、叔母兄妹も出前を取ったり、
よく食べていた、という。
当時、どんな家族の生活であったのか。
爺さんはどうやってくらしていたのか。
(大井の海沿いも三業地であったようなので、家族が
住んでいたのが鈴ヶ森のどのあたりなのかまでは
判っていないが、かなり“あか抜けた?”ところに
住んでいたと思われるが、、。)
もう一枚。
これは昭和30年代後半、私の父と母の結婚式で
黒紋付きの羽織袴姿。
もともと恰幅もよいし、なんだか
不思議な存在感がある。
ちなみにこの紋付の着物と羽織袴は、今は寸法を直して
着られるようにして、私の手元にある。
黒紋付の羽織の裏は、当時ならではキンキラの虎である。
爺さんも次男、私も次男。
私も、いい加減な人生を送っている、か。
やはり、血なのであろうか、
とっても親近感を感じる。
叔母のことから、こんなことを考えたわけであった。
03-3761-5891
品川区南大井3-18-5
断腸亭料理日記トップ | 2004リスト1 | 2004リスト2 | 2004リスト3 | 2004リスト4 |2004 リスト5
|
2004 リスト6
|2004
リスト7 | 2004 リスト8 | 2004 リスト9 |2004 リスト10
|
2004
リスト11 | 2004 リスト12
|2005 リスト13 |2005 リスト14 | 2005
リスト15
2005
リスト16 | 2005 リスト17 |2005 リスト18 | 2005 リスト19 | 2005 リスト20
|
2005
リスト21 | 2006 1月 | 2006 2月| 2006 3月 | 2006 4月| 2006 5月| 2006
6月
2006 7月 |
2006 8月 | 2006 9月 | 2006 10月 | 2006 11月 | 2006
12月
2007 1月 | 2007 2月 | 2007 3月 | 2007 4月 | 2007 5月 | 2007 6月 | 2007 7月 |
2007 8月 | 2007 9月 | 2007 10月 | 2007 11月 | 2007 12月 | 2008 1月 | 2008 2月
2008 3月 | 2008 4月 | 2008 5月 | 2008 6月 | 2008 7月 | 2008 8月 | 2008 9月
2008 10月 | 2008 11月 | 2008 12月 | 2009 1月 | 2009 2月 | 2009 3月 | 2009 4月 |
2009 5月 | 2009 6月 | 2009 7月 | 2009 8月 | 2009 9月 | 2009 10月 | 2009 11月 | 2009 12月 |
2010 1月 | 2010 2月 | 2010 3月 | 2010 4月 | 2010 5月 | 2010 6月 | 2010 7月 |
2010 8月 | 2010 9月 | 2010 10月 | 2010 11月 | 2011 12月 | 2011 1月 | 2011 2月 |
2011 3月 | 2011 4月 | 2011 5月 | 2011 6月 | 2011 7月 | 2011 8月 | 2011 9月 |
2011 10月 | 2011 11月 | 2011 12月 | 2012 1月 | 2012 2月 | 2012 3月 | 2012 4月 |
2012 5月 | 2012 6月 | 2012 7月 | 2012 8月 | 2012 9月 | 2012 10月 | 2012 11月 |
2012 12月 | 2013 1月 | 2013 2月 | 2013 3月 | 2013 4月 | 2013 5月 | 2013 6月 |
2013 7月 | 2013 8月 | 2013 9月 | 2013 10月 | 2013 11月 | 2013 12月 | 2014 1月
2014 2月 | 2014 3月| 2014 4月| 2014 5月| 2014 6月| 2014 7月 | 2014 8月 | 2014 9月 |
2014 10月 | 2014 11月 | 2014 12月 | 2015 1月 |2015 2月 | 2015 3月 | 2015 4月 |
2015 5月 | 2015 6月 | 2015 7月 | 2015 8月 | 2015 9月 | 2015 10月 | 2015 11月 |
2015 12月 | 2016 1月 | 2016 2月 |
2016 3月 | 2016
4月 | 2016 5月 | 2016 6月 |
2016 7月 | 2016
8月 | 2016 9月 | 2016 10月 | 2016 11月
|
(C)DANCHOUTEI 2016