さて。
今日は、ちょっと趣を変えて「終戦の詔書・玉音放送」について。
各メディアでも報道されているので
皆様もご存知だと思うが、先頃、宮内庁から
昭和天皇のいわゆる玉音放送の原盤の音声が公開された。
今回新たに聞いてみても今まで聞いていたものとどの辺が
クリアなのか、よくわからぬが、ちょっと今までとは
違うことを考えてしまったので、書いてみたい。
NHKではドラマや、報道番組でも玉音放送のことは
取り上げられており、そのいくつかを視た。
この玉音放送が放送された経緯、いやもっといえば
終戦の決定に至る過程には昭和天皇その人が大きく
関わっていたことは周知のことで、今さら私が
書き述べるまでもないことではある。
元来、天皇家というのは平和主義であったという見方が
歴史家の間では一般的な見方であるといってよいのであろう。
まあ、天皇家はいうところのお公家さんの中心の家であり
そんな人々が好戦的であるとはとても考えずらい。
(幕末の天皇、明治天皇の父にあたる孝明天皇などの
言動などをみてもそれはうなづける。)
第二次大戦での甚大な国民国土の被害と、そこに至る
過程で我が国が朝鮮半島、中国その他東南アジアなどの人々に
与えた苦痛は、むろん天皇家の責任ではなく、
それを惹起した明治以来の政府、政治家、軍指導者らの
責任であることはいうまでもない。
終戦時の総理を指名したのが昭和天皇で、
悲惨な戦争に幕を引き、また戦後、人間宣言をして
全国をまわった昭和天皇の我が国、国民に与えてくれた
功績は誠に大きなものであると、今さらながら
思いを至らされる。
その一つが自らマイクの前に立って国民に語った
玉音放送ということである。
さて。
そういう玉音放送の評価、位置付けとはまた別に
今回、その音をもう一度じっくり聞いてまず思ったのは
まあ、ノイズが多少少なくとも、聞いただけでは、
なにをいっているのか、どうであろうか、3〜4割は
わからなかった。
それで、純粋になにをいっているのか、
知りたくなり、原文を探してみた。
玉音放送とは、正しくは「大東亜戦争終結ノ詔書」という。
詔書、しょうしょ。訓読みすると、みことのりかき(?)。
詔(みことのり)は、天皇の言葉、命令。
で、それを書いたもの、文書ということか。
書き出してみよう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ
以テ時局ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言
ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
抑々帝國臣民ノ康寧ヲ図リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ
皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二
國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定ト
ヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キ
ハ固ヨリ朕カ意志ニアラス然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ
朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶
ノ奉公各々最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セ
ス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆
彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ル
ヘカラサルニ至ル而モ猶交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民
族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破
却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ
皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ帝國政府ヲシテ共
同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對
シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝國臣民ニシテ戰陣ニ死
シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セ
ハ五内爲ニ裂ク且戰傷ヲ負ヒ災災ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタ
ル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ
今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民
ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪
ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開
カムト欲ス
朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信
倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ
事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ
誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク
擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ
道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志
操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ神華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レ
サラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ
御名御璽
昭和二十年八月十四日
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
文字で見れば読めて、意味が分かるかと思うと、
もっとわからない。
日本語ですか?というくらいであろう。
漢文の読み下し分のような文体。
今ではほとんど目にすることはない、漢字の山。
漢文の読み下し文にしても「茲」などはココ、またはコレと読むようだが、
正直のところ読めなかった。
むろんのこと、漢文調というのは江戸時代からの男の知識人が
書く文章としては使うもの、あるいは公文書は基本こういった文体で
書くといもの、それがこの時まで続いていたということ。
書き言葉を読んでいる、というのはまあ、考えてみれば
ヘンな話しではあるが。
政治家の演説などでは、口語ではあったと思われるが
天皇であるから、ということなのであろう。
これがある程度あたり前であったというのは、
当時の子供達が暗誦させられた「教育勅語」などを考えると
うなづけるかもしれぬ。。
「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ・・」
あるいは兵隊が暗誦させられた「軍人勅諭」などもこの類いであろう。
しかしまあ、天皇を敬うという趣旨なのかこんな文体を暗誦する意味は
どれほどあるのか、今から考えると、これだけでもヘンである。
しかし、皆さんご存知のこの玉音放送での昭和天皇の語り口というのも、
特徴がある。お公家さん訛りなのであろうか。
こうして文章が分かり、音があると、私としたら、不敬の限りだが、
真似をして覚えたくなる、のである。
まあ、寿限無を始め、わけのわからないことを、
延々と暗唱するのは、落語の得意技、である。
「タエガタキヲ〜タヘ、シノビガタキヲ〜、シノビ。モッテバンセイノタメニ
タイヘイヲヒラカントホッス」
頭から全部口真似で覚えたら、TVなどでは放送できなかろうが、
芸としてはおもしろかろう。
また、もっと不敬であるが、パロディーもあるかもしれぬ。
まあそんなことで、来週は夏休みで、この日記も(おそらく)お休み。
暑中ご愛読感謝。皆様もよい夏休みを。
恐惶謹言お稲荷さんでござんす。
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