断腸亭料理日記2012
3月5日(月)夜
今日は雪、ではなく、雨。
だったのだが、夜にはあがっていた。
やはり、そこそこ寒い。
温かいラーメンが食いたくなり、帰り道、
湯島天神下大喜に寄る。
大喜は私の行動範囲にあるラーメンや、の中では
個人的には、最も安心して満足感を得られる店だと
思っている。
ここには最近は書いてはいなかったが、
ある程度定期的にはきている。
ちなみに、この次、というと、拙亭のそうとうなご近所
松が谷の、てんくう。
大江戸線を上野御徒町で降りて、春日通りを、
天神下方向に歩く。
大喜は湯島の交差点を渡って、
切通坂(きりどおしざか)の坂道が始まるところ、右側。
並んでいる人はいない。
寒いせいか、最近は並ばないことが比較的多いか。
自販機で選ぶ。
ここの看板は、鶏塩、なのであろう。
しょうゆもあるが、今日は、味噌にしてみようか。
それから、ビールも。
お通しは、最近これが多いが、マカロニサラダ。
一先ずは、ぐっと、呑んで、待つ。
ほどなく、ラーメンもきた。
塩、しょうゆが看板なので、以前に、極太の麺で味噌のつけ麺、
なんというのを食べた記憶はあるが、ここで味噌のラーメンを
食べるのは、珍しいかもしれない。
盛り付けがきれい。
スープはここはさっぱり系が本領だが、そうとうこってり。
あまめに感じるのは、動物系の出汁が濃いからか。
麺は太めの平打ち、縮れ。
やはり味噌も、ソツのないまとめ方、とでも
いったらよいのか、奇を衒(てら)ったり、
とがったところはなく、こなれた味。
十分に、うまい。
ここへきて、ああ、くるんじゃなかった、という思う味に
ぶつかったことはかつて、一回もないだろう。
話題の店へいってみても、とんがっているだけ、
なんということもなくはないが、やはり、
ここはたいしたものである。
安心できる、名店。
ところで。
毎度書いているが、この店も含めて、
東京のラーメン店のレベルの高さ
というのは、そうとうなものであると思っているのである。
おそらく、東京は、日本で一番ラーメン店が多く、
味の充実度、これは平均値を取っても高いだろう。
(と、いうことは、おそらく、世界一であろう。)
なぜか。
東京人が、ラーメンが好きであるから。
大阪にしても、名古屋にしても、日本の他の大都市と
比べて、ラーメンがより好きである。
おそらく、これは皆さん納得してもらえるだろう。
人口当たりのラーメン店の数、なんという統計が
あるのかどうかわからぬが、大阪、名古屋よりは
高いだろう。(博多、札幌などと比べるとどうなのか、
調べてみたいが。)
じゃあ、なぜ東京人はラーメンが好きなのか。
うーん。
これは、むずかしい問題である。
逆に、こんな風にも考えられはしないか。
うまいラーメン店があったので、好きになった?。
にわとりと玉子のようだが、、、。
じゃあ、日本に、東京にラーメンが入ってきたのは、いつ頃か。
おそらく戦前?大正の頃?。
先日のかつ丼の歴史ではないが、東京の、あるいは、
他の都市の、ラーメンの歴史を調べ、どんな広がり方を
いつ頃してきたのか、といったことを明らかにし、
解きほぐしてみる必要もあるかもしれない。
あるいは、戦後も、ここ30〜40年ぐらいであろうか、
東京のラーメンブームの歴史も、さかのぼってみると、
なにかわかるかもしれない。
例えば、東京ラーメンブームの発端はどこなのか。
私などの世代の学生時代、恵比寿などがラーメンの
メッカ、といわれた頃があるが、おそらく、それよりも前。
この前の新宿の桂花ラーメンが、昭和47年新宿で開店ということ。
あるいは、千駄ヶ谷ホープ軒なども、東京ラーメンブームの
ハシリ、の、ような気がする。
(ちょいとホープ軒のHPを調べたら、昭和35年屋台創業で
千駄ヶ谷には昭和50年とのこと。)
(このあたりになると、まとめた人もいそうではあるが。)
またまた、課題が生まれてしまった。
調べてみようか。
最後におまけ。
これは、大喜の塩の鶏そば。
これが看板。
うまい。
文京区湯島3-47-2 白木ビル 1F
03-3834-0348
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