断腸亭料理日記2008

ねぎま鍋

2月3日(日)夜

雪の降る浅草の街。

並木藪から、吾妻橋、ベチョベチョのシャーベット雪で
足もとの悪い土手道、隅田公園から早々に引き上げ、
花川戸、蔵前通り(江戸通り)を渡り、
松屋へ逃げ込む。

寒い、寒い。

さて、と。

魚でも見ていくか、と、地下の魚売り場へ。

こんなものばかり、買っているが、メバチマグロのアラ、解凍。

血合いやら、どこだかわからぬが骨のある付近、
中トロくらいの脂のあるところも見える。
コレコレ、これがうまいのである。

雪で寒いし、これはもう、ねぎま鍋、しかなかろう。

1パック、¥300ほどのものを、二つ。

帰り道は、面倒なので、銀座線を稲荷町まで乗る。

さて、ねぎま鍋といえば、落語「ねぎまの殿様」。
以前から、なん回か書いているが、一度ちゃんと書いておこう。

拙亭には、古今亭今輔師のテープがある。
以前に、NHKのラジオ深夜便でやっていたのを
録ったものであるが、これは貴重ではなかろうか。

五代目古今亭今輔。
今、知っている方は、かなりの落語マニア、で、あろう。

1976年、昭和51年に亡くなっているのだが、
お婆さん落語、という、新作派で売った。

今の落語芸術協会最高顧問、桂米丸師は今輔師の総領弟子。
(ついでだが、筆者は、今輔師の、「青空お婆さん」という
お婆さん落語のテープも持っている。
これ、今聞いても、抱腹絶倒である。)

ともあれ、「ねぎまの殿様」。
これは、殿様が、秋刀魚は目黒に限る、とのたまう、のが
下げになっている、有名な「目黒の秋刀魚」の同工異曲の噺。

雪の降る日、本郷にお住いの殿様が、向島に雪見に行く、と言い出し、
殿様は馬で、お付きの三太夫は徒歩で連れ出される。

湯島の切通しを降りて、下谷広小路。(上野広小路ではなく、
江戸の頃を舞台にするならば、下谷が、正解であろう。)
小屋掛けの煮売りやが軒を連ねている。

この広小路は、火除けの意味もあり江戸の頃から
道幅が広かった。そこに、小屋掛けの店やら
見世物なども出ていたという。
ただし、将軍様が上野寛永寺にお成りになる道でも
あるので、その時には、すぐに取り払う、という約束であったという。

殿様は、それら煮売りやのそばを通り掛かり、
しょうゆの焦げたような、香りに魅かれ、
三太夫の止めるのも聞かず、一軒に入る。

話としては、ここで、酒を呑んで、ねぎま鍋を食って、
うまかった、という、他愛のない噺、ではある。

笑いどころは、この店の兄ンちゃんと、殿様のやり取り。

空き樽に座って、隣の客が食べている七輪の小鍋。

殿様が覗き込んで、
「だいぶ、珍味な香りがしてまいったぞ。
あれはなんであるか?」

と、聞くと、店の兄ンちゃんは、

「あれ、すか?
ありゃ、ニャー、でごあんす」

「ほー、ニャーか。では、その、ニャー、を持て!」

と、いう。
これは、兄ンちゃんが早口で、ねぎま、が、
ニャー、と聞こえたということ。
(ね、ぎ、ま、を、早口で言ってみてください。
なんとなく、ニャー、になってきませんか?)

他愛もなく、まあ、たいしておかしくもない。
しかし、今輔の、素っ頓狂な声で聞くと、
そこそこおもしろく聞こえる。

先代金馬の、有名な、「居酒屋」の小僧
(「できますものは、つゆ、はしら、たらこぶあんこうのようなもの、
おいもにぶりにすだこでございます、ふぇ〜〜〜」の)
のように、演者の力量、あるいは、フラ(持って生まれたおかしみ)が
必要な噺、で、あろう。

ともあれ、雪の降る、寒い日。
熱い七輪の上で、フツフツと、
マグロのアラとねぎが煮えている。
しょうゆの焦げたにおいがする。
これだけで、やはり、うまそうな様子。
殿様ではないが「だいぶ、珍味な香りがしてまいったゾ!」と、
舌なめずりがしたくなる。

マグロ自体が、下魚(げうお)の上に、脂の強い、今でいうトロや、
血合いは、捨てられるようなものであったという。
従って、ねぎま鍋は、江戸の庶民も庶民、かなり下品な
しかし、だからこそうまいもの、で、あったはずである。

もっとも、マグロのトロはむろんのこと、カマ、ほほ肉
までが最近は高価なものになってきたが、血合いや、どこかわからぬ
骨が混じった部分は、今でも安い。
買う人などいないのであろう。筆者ぐらいかもしれぬ。

夜、準備にかかる。
今日は、せっかくであるから、火鉢でやろう。

火力を出すために、一時間前から、火を熾し
炭を多量に入れておく。

用意は、ねぎに、豆腐。


切るだけ。

炭は、普段の倍以上の量が、熾きている。
火鉢にステンレスの小鍋を置き、
しょうゆ、酒を入れ、マグロ、ねぎ、豆腐を入れて、煮る。

まあ、これだけである。
これこそ、コツもなにもない。
ふたをし、煮えれば、食うだけ。
(もっとも、煮過ぎるのだけは、いけない。
煮えたらすぐ食う。これだけは守らなくてはいけない。
パサパサのマグロは、うまくもなんともない。)


暖房をかけて、火鉢に鍋が煮えるくらいの火を熾せば
かなり熱くなる。

酒ではなく、ビール。

今日のものは、ものがよかったのか、どうか、
よくわからぬが、大当たり。
骨のそばの、中トロのようなところはもちろん、
血合いも、プリプリで、べら棒にうまい。

「ねぎまの殿様」でも出てくるが、口に入れると火傷をするほど
熱く煮えた、ねぎがまた、うまい。

豆腐もよい。

煮ては食い、食っては、煮る。

寒い寒い、雪の降った夜。

熱〜い、ねぎま鍋は、なによりで、ある。




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