断腸亭料理日記2007
10月27日(土)第二食
さて、このところ、土曜日は、そばの日になっている。
筆者の住む、この浅草、上野界隈で、好きなそばやを
順番に回っている格好である。
九月から毎週、一軒、あるいは二軒と回って
二ヵ月かかった。
それだけ、この界隈にはそばやが多く
また、誇るべきそばやが少なくない、と、いうことである。
もう一軒だけ、落とせないそばやが、ある。
浅草、尾張屋。
雷門の前を東西に通る、雷門通り。その北側。
尾張屋は、雷門をはさんで、通りに二軒ある。
銀座線の浅草駅に近い、東側にあるのが、支店。
西側にあるのが、本店。
書かねばならないのは、本店の方。
筆者がここを書かねばならないもう一つ理由がある。
それは、断腸亭の名前を使わせていただいている、
元祖断腸亭、永井荷風先生の行きつけであったからである。
昼過ぎ、台風が近付いている雨の中、傘をさして徒歩で出る。
雨でも、歩きながらの落語の稽古は、する。
田原町の交差点から、旧仁丹塔のT字路。
このあたりにくると、今日は観光客らしい人々が目立つように感じる。
秋の観光シーズン、と、いうことでもあろう。
また、より目立つのは、今日の台風の雨のせいかもしれぬ。
むろん、いつもの土曜日も観光客は少なくはないのあるが、
浅草というところは、地元の人間も多く街を歩いているので、
ことさら観光客が、目立たないのかもしれない。
近くの人間は、この雨の中、わざわざ出てこない、
そういうことかもしれぬ。
ともあれ、雷門通りを渡り、尾張屋本店へ足を速める。
店に入ると、昼時でほぼ満席。
ここも、やはり、観光客とみえる人が目立つ。
テーブルでガイドブックを広げる、高校生のグループもいる。
入り口の帳場に座る女将さんの声で、
ここは二階もあるが、一階のテーブルに相席で座る。
やはり、一杯やろう。
お酒をお燗で。
一合のお銚子形のガラス瓶、大関。
そば味噌も出てきた。
先に永井荷風先生の行き付けであったと書いたが、
先生の座る場所はいつも決まっていた。
その場所は、一階の壁際。
今でも、その席の壁には、先生の古い大きな写真が飾られている。
今日座った席は、ちょうど反対側で、その席には背を向ける方向。
呑みながら、振り返り、その写真を眺める。
先生が頼むのは、理由はまったくわからないが、
かしわ南蛮と決まっていた。
ここのかしわ南蛮がうまいのか、といえば、別段特殊なものではない。
池波先生などと正反対で、荷風先生は、食に対してはほとんど
興味はなかったらしい。
いや、むしろ興味を持つことはいけないことである、
という考えであったようである。
荷風先生はむろん明治生まれだが、生まれたのは
もともとは武家。武士の家では、食べ物に対して、
ああだこうだいってはいけないものであったから、だという。
荷風先生は、ここのかしわ南蛮も、判で押したように食べていたが
うまい、と、思っていたのかどうかも、あやしいのかもしれない。
ともあれ。ここの看板は、実際には、
かしわ南蛮ではなく、天ぷらである。
大きな海老天の天丼か、天ぷらそば。
浅草の人間も、ここへ食べにくる目当ては、ほとんどが、
天丼か、天ぷらそば、で、あろう。
かなりの高齢のお爺さんなども、ここではよく見るが、
やはり、大きな海老天入りの上天丼を食べている。
天丼もうまいのだが、今日は、そばや、として、
きてもいるので、天ぷらそばを頼む。
(天丼も天ぷらそばも“上”がある。これは、車えび。
ちなみに、普通の天ぷらそばが1300円、上は1800円である。
今日は、普通の天ぷらそば。)
ここも調理場へ注文を通す声は、語尾を延ばす。
池の端藪、神田藪、などなど、古いそばやは皆、同様。
なんとなく、このそばやらしい声を聞くと落着ける。
きたきた、これが浅草尾張屋の天ぷらそば。
立派な海老天が二本。
値段も安くないが、見た目にも、どうだ!、といわんばかりの
海老天、で、あろう。
これが“正しい”そばやの海老天である。
海老よりも、かなり大きな衣。
なん度も書いているが、そばに入る天ぷらは、この衣が
つゆに溶けてくるのが、うまい。
したがって、大きな衣は“正しい”のである。
そばは細め。
つゆは、甘め、で、あろう。
やはり、濃いので、全部は飲み干せない。
うまかった、うまかった。
帳場で勘定をし、如才のない女将さんの、
ありがとうございま〜す、の声に送られて、出る。
大きな海老天と、気持ちのよい客あしらい。
どちらも浅草らしい、正しいそばや、であると思われる。
過去の尾張屋
TEL 03-3845-4500
〒111-0032 東京都台東区浅草1丁目7−1
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