断腸亭料理日記2006

炭を買う

12月9日(土)

土曜日、雨。
最高気温10℃。寒い。

家での仕事の合間、ちょっと用足しのついでに、
炭を買いに出る。

ご案内の通り、拙亭には火鉢があり、
昨日も鉄瓶をかけ、お燗なんぞをつけていた。

ちょうど、その炭が切れそうであったのだ。
これから冬。年末年始をひかえて、是非とも買っておかなければならない。

火鉢は、お燗をつけたり、鍋をやったりするのにもいいのだが、
むろん、本来の用途、暖房にもなる。
拙亭は、マンションである。
こたつはないが、エアコンもあるし、床暖房まである。

ここまであれば、別段、火鉢はいらないのだが、
時間さえあれば、筆者はこうした暖房装置は使わず、
火鉢を使うことが多い。

ガスで、炭を熾(おこ)し、暖まるまでには、20分程度はかかる。
例えば、夜10時に帰宅した場合などは、寝るまでに2〜3時間。
さすがに、そんなことをしている暇はない。

しかし、それ以上時間があれば、やはり、火鉢に火を入れる。

炭火(すみび)というのが、自分の座った隣にあるというのは、
やはり落ち着けるのである。
また、お湯が沸いたり、燗をつけたり、時々火の様子をみたり。
炭を足したり。
よいものである。

さて、炭というものどこに売っているのか、ご存知であろうか。

2年ほど前までであったろうか。
元浅草の拙亭の同町内にも、燃料屋さん、というのか、
炭を売っている家があった。
葛飾の四つ木に住んでいた頃も、下町であるからかどうかわからないが、
近所に、なぜか金魚も売っている、燃料屋さんがあり、炭を買うことができた。
きっと、昔は、町内に一軒は炭屋さんがあったのであろう。

筆者は町内のその店でいつも買っていたのだが、
そこが商売をやめてしまい、
昨年は、東急ハンズで買ったり、合羽橋の陶器屋さんで見かけ、
買ったりしていたのであった。
(この炭が、実に粗悪であった。くさいことくさいこと。)

まあ、今時、小売だけで炭屋など、
いかな、浅草でも成り立たないだろう。
バーベキューなどアウトドア目的で買う人は多少はいても、
筆者などのように、火鉢などを現役で使っている酔狂な者は
いないであろう。

東急ハンズまでいくのも骨である。
近所で他に炭屋さんがないか、探していたのであった。

電話帳で調べても、なかなか、ない。
そんな中でも、一軒、浅草通りの北側、太助寿司の近所、
松が谷にあった。矢先様(矢先稲荷神社)のそば。
斉藤商店という。看板に大きく「炭」と書いてある。
少し前から、確認をしておいたのである。

雨でもあり、荷物にもなるので、近所だが車で向かう。

向かって左側に倉庫があり右側が店。
倉庫の方で、ご主人であろうか、
電動のフォークリフトを操作している。

入っていき、その小父さんに
「あのー、炭がほしいんですけど、
小売はしてもらえるんですか?」

と、聞いてみた。
合羽橋も近いので、ひょっとすると、卸のみの可能性もあると
思ったのである。

と、小父さん
「はい。なんに使うんですか?」
と、聞き返された。

「えーと、あの、、」
なんと答えたらよいか、ちょっと迷ってしまった。

火鉢、なのだが、火鉢、と、答えるのが、なんとなく、恥ずかしい、
という心持ち。いまどき、火鉢を使っているということを
表明する、恥ずかしさである。

、、暖房?、、、いや、そんなことよりも、
以前から、買っていたものが欲しい、だけ、なのである。

「あの、、『岩手の切炭』、って、紙の袋に入ったやつ、、」

それでもなお、
「なんに、使うんですか?」
と、しつこく聞き返されてしまった、、。

「ひ、ば、ち、なんですけど、、あの、、緑と赤い袋の、、、」

「じゃ、まあ、店の方に」

ということで、お店の中に。

あ、あったあった。これこれ。
いつも買っていた、「岩手切炭」。

もう十年以上であろうか。四つ木でもこれを買っていたし、
昨年は、東急ハンズでもこれを買った。
東京では最もよく見かけるものである。
(ちなみに、岩手県は日本の炭の生産量NO.1。
2位は、僅差で備長炭の和歌山県。)

先にも書いたが、炭にも品質の差があるのである。
バーべキューなど屋外ではよいのかも知れぬが、
変なものを買うと、とても室内では使えないような、
匂いが出るものもある。

と、小父さん、話し始めた。
岩手の切炭は、確かに昔から一般的で、火鉢だったら
これであるのは、間違いないらしい。

しかし、「最近は、こんなのも入れたんですよ」、
と、隣に並べられたものの説明を始めた。

岩手のものは、楢(なら)。
すすめられたのは、九州、熊本の樫(かし)のもの。
これは、なんでも茶の湯に使うものの、不揃いのものという。
そして、「火持ちがいいんですよ」。

はー、なるほど。
炭というのは、今は、火鉢などよりも、
焼き鳥屋や、うなぎ屋などの飲食店の備長炭以外では、
茶の湯、にも使う、いや、そちらの方が需要は多いのかもしれない。

筆者、日本の歴史的伝統文化としての知識程度しか、茶の湯は知らない。
確かに、茶室には、炉が切ってあり、茶釜があり、今でも炭で
湯を沸かす、のであろう。
小父さんが説明をしてくれたが、茶の湯用の炭は、
材料の木から、形から、大きさから、うるさく決まっているらしい。
そこから跳ねられたものだが、材料の木は樫(かし)で、
樫は、あの、備長炭の材料でもあるらしい。

値段は、岩手のものよりも、微妙に高い。

「火持ちがいいですから」
という小父さんの声に押されて、
じゃあ、試してみましょう、ということで、
熊本のものを、買うことにした。

しかし、この小父さん、話し好きなのか、炭が好き、なのか、、
いろんな話をしてくれた。

くさい匂いの出る炭は、やはり質が悪いものであるという。

炭というものは、密閉空間に近い、炭焼き釜で焼かれる。
このとき、ほんのわずかな空気で蒸し焼きにし、
いわゆる、炭化、させるわけである。
そして、その工程で、きちんと、炭化し切っていないものが、
くさい匂いの出る、ものであるという。

最近は、輸入ものもあるらしく、南の島の木で
炭化し切らずに、作られているようなものもあるという。
前に買ったくさいものは、国産であったが、炭というよりは、
生木(なまき)を燃やしているような、匂いがした。

なるほど、そんなこともあるのか、で、ある。

そして、小父さんは「遠いんですか?」と聞く。
いや、元浅草ですよ。近所で買ってたんですが、
そこが、商売をやめちゃって、というと、「あー、○○さんね」
と、世間話。

帰宅し、その、熊本の樫の炭をさっそく使ってみた。

確かに、岩手の楢のものよりも、備長炭ほどではないが、硬く、
炭同士を打つと、カチカチと澄んだ、金属系の音がする。
また、使ってみると、なるほど、火持ちもいい。
また、むろん、へんな匂いも出ない。

よし、少し、これを使ってみようか。

ともあれ、冬の火鉢、よいものである。

お宅でもいかがだろうか。



断腸亭料理日記トップ | 2004リスト1 | 2004リスト2 | 2004リスト3 | 2004リスト4 |2004 リスト5 |

2004 リスト6 |2004 リスト7 | 2004 リスト8 | 2004 リスト9 |2004 リスト10 |

2004 リスト11 | 2004 リスト12 |2005 リスト13 |2005 リスト14 | 2005 リスト15

2005 リスト16 | 2005 リスト17 |2005 リスト18 | 2005 リスト19 | 2005 リスト20 |

2005 リスト21 | 2006 1月 | 2006 2月| 2006 3月 | 2006 4月| 2006 5月| 2006 6月

2006 7月 | 2006 8月 | 2006 9月 | 2006 10月 | 2006 11月 | 2006 12月



BACK | NEXT |

(C)DANCHOUTEI 2006