断腸亭料理日記2006  

断腸亭料理日記池波正太郎レシピ

浦里

4月27日(木)夜

さて、浦里(うらざと)、で、ある。

と、いってもなんのことやら、わからない。

では、落語マニアの方へ問題。

浦里といえば、花魁の名前。
では、浦里花魁(おいらん)が出てくる噺は?

1.盃の殿様

2.五人廻し

3.明烏

(答えは文末に。)

ともあれ、今日の主題は落語ではない。

またまた、池波レシピである。
今日は、鬼平でも剣客でも梅安でもない。

ちょっと珍しいが、「その男」という作品。

舞台は幕末から明治。主人公は直参の剣士、杉虎之助。
幕臣であり剣家でもある伊庭八郎、薩摩の中村半次郎や、
そして、西郷隆盛まで登場する。
なかなか、好きな作品である。未読の方、是非、お勧めする。

池波先生には、伊庭八郎を主人公に描いた
幕末遊撃隊」という作品もある。これも好きである。
この作品も「幕末遊撃隊」同様で、なにが好きなのかというと、
江戸生まれ、直参(じきさん)の武士、の目から、
幕末と明治を描いている、ところなのである。

多くの幕末物の時代小説が描くのは、当然ながら官軍である薩長だったり、
せいぜい新撰組。江戸生まれの幕臣達から書かれた作品というと、
ほとんどなかろう。(まあ、勝海舟もの、はあろうが、彼は別格。)

そんな中で、この作品、「その男」や「幕末遊撃隊」は希少である。

江戸生まれの幕臣は、明治以降、敵(かたき)役であり、敗北者。
むろんのこと、その後の時代の中で、
現代まで日が当てられたことはなかろう。

筆者などは、東京で生まれ育った者として、やはり、これは寂しい。

もっというと、こうした扱いは平成の現代に至っても、続いている、
と、いうと話が飛躍しているようだが、少なくともそう筆者は思っている。
江戸らしさ、東京らしさというものを、声を大にして叫べない。
いや、叫ぼうというような者は、少数派なのである。
(複雑なのは、そういうことをいうのは野暮である、という美学
(これは敗北の美学、である。)まで、東京人は持っているのである。)

日本橋の上には、依然として野暮な高速道路が走っている。
また、「東京って、田舎者の街でしょ」なんていう人もいる。
「そうじゃないんだよ。東京は東京人の街だよ。」
ほんとは、そういい返したい。
とても極端な言い方をするが、薩長政府の占領状態が、
今だに続いている、そんな風にもいえまいか。
今も江戸・東京の歴史や江戸人・東京人の心、がどんどん塗り潰されていく
東京は、江戸幕府が滅んで明治になった時から始まっている。
寂しき、わが故郷、東京。嗚呼。

筆が滑った。

ともあれ、江戸の幕臣、江戸人・東京人としての目で
幕末から明治の世の動きを描いた、この作品は筆者には、
とても大切なものなのである。
池波先生も江戸生まれの目から幕末明治を書くことに
意味を見出されていたのではないかと思うのである。

そんなことは、おいといて。
この「その男」に、ちょっと登場する、乙なつまみ、浦里。

そうなのである。浦里は花魁の名前ではない。
つまみ(おかずでもある)、なので、ある。

若干の引用をお許しいただきたい。


「大根おろしへ梅干の肉をこまかくきざんだものをまぜ合わせ、

これへ、もみ海苔と鰹ぶしのけずったものをかけ、醤油をたらした一品で、

炊きたての飯を食べる

 この一品。名を〔浦里〕といい、吉原の遊里で、朝帰りの〔なじみ客〕

の酒のさかなや飯の菜(さい)に出すものだが、、」

「ちょいと、その、うまいものだ。」

池波正太郎著「その男(1)」文春文庫(181〜2P)


敵方(あいかた)に作ってもらった、なんという
色っぽいものではない。今日は、腹下しの余波で、お粥。
それに、これを作ってみた。

作り方は、引用の通りである。
何回か作ってみたが、ポイントは、かつぶしを多目に入れるのが
よいのではないかと思う。


あまりよい写真ではないが、混ぜ合わせた後。


かつぶしを多目に入れ、しょうゆをかけ、よく混ぜ、
飯にかけて食べる。白胡麻などをふってもよかろう。

これはこれは。
なるほど、ちょいと、その、うまいものだ。




(答えは「明烏」でした。ちなみに「盃の殿様」は花扇(はなおおぎ)、
「五人廻し」は喜瀬川(きせがわ)。誰も知らないですね。)



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