断腸亭料理日記2004

神田和泉町

味噌煮込みうどん

山本屋総本家

12月25日(土)第二食
なぜ、このようなところにできたのであろうか。

神田和泉町である。路麺の名店・二葉
のそばでもあるのだが、二葉はまだ、凸版印刷や、三井記念病院の
通りに面しているが、さらに路地を入る。路地裏といってもよい。

ここ山本屋は、名古屋では知らない人はない、
味噌煮込みうどんの老舗である。創業は、大正14年という。

また、前にちょっと書いたこともあったが、
名古屋地区で、味噌煮込みうどんの山本屋、には二系統あり、
ここ、山本屋「総本家」と、山本屋「本店」。

筆者の名古屋時代には、「山本屋本店」の方によく行った。
イメージとしては、「本店」の方が、値段帯も若干高目かも知れない。
味は「本店」の方が濃厚であり、筆者は好きであった。

ここで少し、東京では、あまり知られていない、
名古屋圏における、味噌煮込みうどんと、赤味噌、について、
説明をしておきたい。

名古屋では、一般の家庭でも、うどんのメニューとして、
味噌煮込みは定番である。
また、名古屋のインスタントラーメンなどのメーカー、
すがきや、の商品でも、
袋入りのインスタント味噌煮込みうどんが、ある。

味噌煮込みといっても、東日本で普通に使われている、米味噌ではなく、
いわゆる、赤だし味噌汁に使う、ちょっと苦味のある、
八丁味噌(赤黒い、濃い色の豆味噌)を使う。
どうかすると、東京でも味噌で煮込んだ、うどんは、うどんそば屋の
メニューとして、あることがある。
しかし、この赤味噌を使ったものではない方が多い。

赤味噌を使わなければ、名古屋圏では、味噌煮込みうどん、とはいわない。
鰹やら、鶏やらの濃厚な出汁と、赤味噌の苦味のある味。

これが、名古屋圏伝統の、味噌煮込みうどん、なのである。

赤味噌は、名古屋圏で最も多く作られている味噌である。
一般に、言葉としては、八丁味噌=赤味噌、として、使われている。
しかし、厳密にいうと、八丁味噌を名乗れるのは
愛知県三河地方の、岡崎市のもの、のみである。

岡崎市といえば、徳川家康の父祖以来の地盤であったところ。
いわば、徳川家発祥の地でもある。(当時は松平家)
家康は、この赤味噌を戦時の兵糧として、持ち歩かせたと、いわれている。

そんな背景もあってか、いわゆる、赤味噌(八丁味噌)は今でも
愛知、三重、岐阜三県の名古屋圏では、
家庭で最もよく使われる味噌であり、彼らの故郷の味といってもよく、
味噌といえば、赤味噌、以外ないのである。

さて、山本屋総本家・神田和泉町店。
そんな、名古屋(圏)人の心の故郷ともいうべき、
味噌煮込みうどんの、東京進出一号店である。

あれだけ、名古屋では一般的な、味噌煮込みうどんが、
東京に、進出していなかった、こと自体が、不思議ではある。

このあたりが、名古屋人の、名古屋人たるところのような気がする。
彼ら、意外と、出たがらないのである。

これは、名古屋大学の卒業生のほとんどは、
地元に就職する、ことを見てもわかる。

名古屋のこととなると、筆者、すぐ脱線してしまう。
ここで、名古屋人論を展開するには、紙数が足らない。
山本屋のことであった。

店は、先に述べた、路地裏。
間口一、二間ほどで、一階はカウンターのみ。二階にテーブル席もある。
女性2名と、厨房は、男性1名。

味噌煮込みうどんは、土鍋を火にかけ、赤味噌の出汁を張り、
ここに、乾麺のうどんを、直に入れ、煮込む。
そして、かなり、固い麺に仕上げる。

初めて食べると、煮えていないのではないか、と、思われるかも知れぬが
味噌煮込みうどんは、こういうものであり、また、固い麺の方が、うまい。
(これ、実は、名古屋人のなかでも、意見は分かれ、
柔らかいものが好きな人もいる、のも事実である。)

具材としては、鶏肉、ねぎ、かまぼこ、そして、卵が欠かせない。
赤味噌と卵、それも、卵黄の相性は、筆舌に尽くし難い。
卵黄の、これほど、うまい食い方、というものは、ないのではなかろうか。

先日の稲荷町のそば屋、おざわ、で、卵黄の味噌漬けというのがあったが、
これもうまかった。

卵を、うどんを食べ始める前に崩すか、後に崩すか、
意見が分かれるところかと思う。

卵黄でにごらない、赤味噌のみの味を楽しんでから、最後に、崩して、
出汁を飲み乾す、というのが、正しいような気がするが、卵黄の溶け出した
赤味噌の出汁には、抗し難い魅力がある。

また、味噌煮込みうどんで、知っておきたいのは、
取り皿というものが、出てこない、ということである。
土鍋のフタに取って食べるのが、作法である。
このため、味噌煮込み用の土鍋のフタには、
蒸気抜きの小さな穴は、付いていない。
(店のおねえちゃんに、さも、物知り顔に、教えられても、
「そんなの、知ってるよ!」という顔をしてやりましょう。)

長くなった。

名古屋名物、味噌煮込みうどん、
名古屋は、好きになれなかったが、これは、誰がなんと言おうが、
(誰もなんとも言わぬであろうが、)うまいものである。

山本家総本家


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