断腸亭料理日記2023
4388号
8月7日(月)第一食
さて、[駒形どぜう]。
忘れていたわけではないのだが。
ご近所といってよい場所にあるが、
コロナ禍もあって、頭に浮かばなかった。
先日の鯉のあらいで、思い出した。
どぜう鍋は、真夏のもの。
やっぱり、昼は外して、14時半頃。
パナマ帽をかぶって自転車で向かう。
元浅草の拙亭からは真っ直ぐ東。
バンダイ本社の隣。
キャラクターの像が並んでおり、外国人観光客も
含めて、写真を撮っている。
そういえば、バンダイというおもちゃ会社は、
昭和25年(1950年)菊屋橋あたりの創業であった。
やはり、おもちゃ、玩具はこのあたりの産業といってよい。
浅草橋から蔵前、駒形、鳥越、小島、元浅草といった
あたり。歴史的には、江戸後期、浅草橋に人形やが
多くあったあたりが起源なのであろう。
ともあれ。
入って下足札をもらって、あがる。
桜の一枚板が横に並べられている。
一番奥、とのこと。
壁を背にして、座る。
お酒、冷(ヒヤ)。
どぜう鍋と、鯉のあらい。
これに尽きよう。
酒がくる。
若い店員のお嬢さんには、ヒヤはまったく通じなかった。
仕方なかろう。
だが、ジョウオンだけは、死んでも口にしたくない
言葉である。
これほど野暮な言葉があろうか。
酒に使う言葉ではない。
無味乾燥、化学実験をしているのではない。
ここのお猪口がよい。
真っ白で、浅く、広がったもの。
ワンポイント、将棋の駒に、どぜうの文字。
「駒形どじょう」の洒落である。
飾りっ気はまったくない。シンプル。
これを江戸前というのであろう。
拙亭のお猪口は、この真っ白なもの。
有田や伊万里といった高級なものもよいのだが、
これが安い江戸庶民のものである。
一方、好みであるが、民芸というのか、
武骨なぐい飲みのようなものがある。
あれも庶民であろうが、対局。
ともあれ。
焜炉(こんろ)が運ばれ、鍋がきた。
ねぎ、ねぎ。
山盛り。
そうである。
今になって気が付いたが、先に2〜3匹食べて、
場所を作り、ねぎを煮るスペースを作れば
よいのである。
どぜうは骨まで柔らかく火も通り、江戸甘味噌の
味も付いている。
食べちゃおう。
場所を作り、ねぎを煮る。
鯉の洗いもきた。
下には、もちろんほんものの氷。
これこそ、真夏の食い物。
そして、乙であろう。
右が下足札。
裏はなにも書かれていないが、勘定が終わると
代済(だいすみ)になって返ってくる。
今、ここのどぜう鍋は3000円。
まあ、安くはない。
本来は、もっと割安なものであったはずである。
庶民の食事処。
この店の前は、今は江戸通り(蔵前通り)だが、
江戸の頃は東北へ向かう奥州街道の本道であった。
近郊の農村から江戸へ向かう人と物資が毎日通る。
ここの前のご主人がエッセイに書かれていたと思うが、
朝、江戸の神田市場へ荷車で野菜を納めるために
この街道を通り、帰り路、昼飯をここで食べる人が
多かった、と。
ねぎを山盛り食べ放題というのは、その頃から
のものとも。
また、ここは、個室ではなく、大部屋の入れ込み。
これも庶民の店の形であろう。
一鍋を食べ終わり、お替り。
焜炉に載せたまま、どぜうだけ移してくれる。
もちろん、この部屋はエアコンが効いているのだが、
前に焜炉があるので、かなり汗だく。
が、ねぎも山盛り、煮ながら、食べ続ける。
この、どぜう鍋、どぜうもさることながら
甘辛な割り下で食べるねぎがまた、うまい。
ねぎもお替りしてしまうこともあるほど。
食べ終わる頃は、身体中ねぎの匂いでぷんぷん。
これこそ[駒形どじょう]にきた証しであり、
醍醐味。
食べ終わり、水を一杯もらって、お勘定。
戻ってきた下足札。
ちょっと読みずらいが、代済。
うまかった、うまかった。
やっぱり頻繁にこねば。
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