断腸亭料理日記2021
3969号
11月13日(土)第一食
さて、そろそろ季節、で、ある。
なにかといえば、鍋。
緊急事態も開けて、感染者数も落ち着いている。
いわゆる入れ込みの座敷でも、そろそろよいか。
と、いうことで、今シーズン最初は、
表題、神田須田町のあんこう鍋[いせ源]。
もう、長年行っている。
天保元年(1830年)創業。
最初の場所は日本橋中橋でどじょうや。
二代目の時に神田連雀町(須田町)に移転。
江戸期の切絵図にも店名が書かれているので
既に名代の店であったことがわかる。
現代の地図と重ねてみると、同じ場所のように見える。
もしかすると以来場所も変わっていないの
かもしれない。
あんこう専門店にしたのは大正の頃で、
それ以前はあんこう以外のものも出していた
ようである。
この連雀町、須田町のこの一角は大事な歴史がある。
明治45年(1912年)国有鉄道・中央本線のターミナル
として万世橋駅が開業している。
今はJRのビルが万世橋の中央線高架脇に建っているが
あそこが以前は鉄道博物館であったのは私も覚えている。
これが国鉄中央線万世橋駅の名残。
今は中央線は東京駅までだが、当初はここが始発で
あったのである。
明治の地図を出しておこう。
現代も。
万世橋駅はまだできていないが、入れてみた。
ちょっとわかりずらいかもしれない。
今の中央通りと靖国通りが違っているのである。
いや、靖国通りはここまでで、まだ東はできていない。
中央通りはルートが違っていた。
今の靖国通りと中央通りを大雑把だが黒い線で
入れてみた。
靖国通りはそばの[まつや]の前で右にカーブし、
東に真っ直ぐに向かっている。
一方、以前の中央通りは万世橋を渡ると
今のJRビルの脇を通り、ゆるく右折してさらに
左折していたのだが、今は万世橋から道なりに
南下している。
これもかなりわかりずらい。
ここで一点、注意したいのは、地図に
書き入れたが、広瀬中佐像。
戦前、軍神、などと呼ばれ軍国教育に使われた
「坂の上の雲」に登場した海軍軍人の像で、
戦後、戦犯銅像として取り壊されたもの。
駅前になる以前からこの角にあったよう。
また、この明治の地図にもあるように東京市電の路線が
多く集まっていた。須田町は市電の終始発ターミナルで、
既に人の集まるところになっていた。
そしてさらに中央線の始発駅前となり[いせ源]のある
この連雀町、須田町界隈は大いににぎわった。
江戸期からここに[いせ源]はあったわけで、
運がよかった、という言い方もできるかもしれぬ。
もう一点。
[いせ源]以外にも軍鶏鍋の[ぼたん]、[かんだ
やぶそば]その他、老舗が今も集まっているのには、
もう一つ、理由がある。
この界隈は、太平洋戦争の東京大空襲で焼け残った。
これがこの街の成り立ちの大きく関わっている。
少し前まで、この界隈にはそんな戦前の街並みが
残っていたという東京でもレアな街。
街並みが残るということは、取りも直さず
老舗がそのまま残るということなのである。
[いせ源]の建物も震災後に建てられた戦前のもの。
そんなことで地下鉄銀座線で神田駅で降り、向かう。
17時。
これが貴重な戦前の建物。
行列もなし。
氷が入れられ冷蔵庫の機能もある、陳列ウインドウ。
「ゆでがに江戸料理」の看板。
硝子戸を開けて入る。
下足の小父さんから木の番号札をもらい、
靴を脱ぎ、あがる。
お二階へ。
あがって左手の部屋。
お膳に座る。
マスクの袋。
ここはこんな感じ。
ガスコンロと箸。
ビールと鍋。
あん肝だったり、他のものも頼みたくなるが、
これで十分。
ビールとお通し。
大根ににんじん、柿も入ったなます。
ちょいと、乙。
鍋がきた。
あんこうの身、皮、あん肝。
野菜は椎茸、銀杏、白い東京のうど、三つ葉。
つゆは、甘辛のしょうゆ味。
うどに色が付けば食べ頃ですよと、
お姐さんが説明していった。
つづく
千代田区神田須田町1丁目11番地1
03-3251-1229
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