断腸亭料理日記2020
1月5日(日)
引き続き、国立劇場の初芝居。
先に、今日の弁当を出しておこう。
国立なので(?)こんな感じ。
なぜか、カツサンドと、稲荷ずしが同居している
不思議な弁当。(まあ、知ってて買ったのだが。)
さて。
「菊一座令和仇討(きくいちざれいわのあだうち)」。
綯交(ないま)ぜ、という言葉がある。
歌舞伎の、特に南北作品の、ストーリーに対して、
使われる表現である。
三省堂大辞林第三版によると、綯交ぜとは
「1)いろいろなものをまぜ合わせて一つの物に
作り上げること。 」とある。これは一般的な使い方。
「2)人物や時代を全く異にする二つ以上の脚本をまぜ合わせて、
新しい脚本を作ること。」これが歌舞伎で使われる、綯交ぜ。
つまり、よく知られた複数の脚本、役(人物、キャラクター)、
舞台設定、ストーリーなどを合体させてしまう、のである。
荒唐無稽、奇想天外、でご通家にはおもしろいのだが、
歌舞伎を知らない初心の観客には実にハードルが高い。
ある種、既存の作品を下敷きにしたパロディーのような
ことなのだが、元を知らない者はまるでわからないではないか。
南北作品が現代まで残っていないのは、もしかしたら
この綯交ぜのわかりにくさが原因の一つにあるのかもしれぬ。
実に、今回の芝居も“綯交ぜ”が多用されているのである。
先に書いているように、曽我五郎、十郎兄弟の仇討の話が、基本にある。
つまりまず、時代は鎌倉で、仇討、お家騒動的要素がストーリー
の底流にある。
そこに幡随院長兵衛。
これは、もしかすると、ご存知の方もあるかもしれぬ。
江戸初期の実在の侠客で、池波作品にもあるが、旗本奴と
町奴の争いで有名。
歌舞伎では、この話もなくはないが「鈴ケ森」が、圧倒的に
親しまれている。
侠客の親分、長兵衛が、刑場のある鈴ヶ森で白井権八という
若侍を呼び止める「おわけぇ〜〜〜の、お待ちなせぇ〜〜」
の台詞が、超、有名、なのである。
芝居のタイトルそのものが「御存知鈴ヶ森」なんというのまで
ある。もう、前後の話は、どうでもよくて、この場面のこの台詞が
聞きたい、というのである。
今回の芝居には、この幡随院長兵衛も、白井権八も登場し、
鈴ヶ森も登場する。
そして、笹野権三。
この名前だけだと、私も思い出せなかったが「鑓(やり)の権三」
といわれると、ああ、聞いたことがある、という存在。
原典は近松門左衛門作品で鑓の名手。
また、吉原三浦屋の花魁、小紫(こむらさき)。
寺西閑心。この人物は私はまったく知らなかったが、
江戸初期に実在した人物。元は武士で侠客になり、十三人を斬り
逃げたという。やはり、芝居、浄瑠璃では知られていたよう。
実は、今回は登場しないのが、原作にはさらにもう一人いるのだが、
これだけ挙げるだけでも、もはやもうなんだかわからない。
滅茶苦茶である。
これらの別々の時代の登場人物、舞台、ストーリーを
混ぜて、つなげているのである。
これが、南北の原作。
今回、これらを整理し、削るところは削り、変化させ、
加え、また、残すところは残し、おそらく台詞も大幅に
判りやすくし、現代の観客に受け入れられるように
改作(補綴し)ているのである。
実際に、それでも複雑だが、私などが初見で観ても、様々なお話を
ミックスしたもの、フィクション、場によってはハチャメチャ
ファンタジーといってよいものであることも理解でき、
それを前提に全体のお話を愉しむことができた。
これは、ひとえに、国立劇場スタッフの力量であろう。
そして、それを生かす芝居をした、菊五郎劇団の役者達。
これがなければ、むろん芝居にはならない。
ハチャメチャですよ、を前提にした演出で、役者達は
生き生きと、洒落を飛ばし、舞台を飛び回る。
古典の芝居は壊さないのは前提だが、現代的であったといえよう。
そして、今回の芝居の最大の売り物は、菊之助と松緑。
尾上家、音羽屋の若旦那二人。
ツートップの主役級ということになると思う。
ネタばれになるので、詳しく書けないのが残念だが、
一対(いっつい)でよい舞台を演じている。
特に、松緑。
やはり、心境著しいのではなかろうか。
この人、押し出しもよく、存在感がある。
ただ、それが強すぎて私は嫌味に感じるようなところがあった。
また、技術的なことだが、口跡が今一つであると感じていた。
この二点、なにかあたったのであろうか、と思うほど、
気にならなかった。
今回、役に恵まれた、ということもあるのかもしれない。
だが、よかった。
菊之助。
ちょっとだけ、ネタばれになるが、今回、女形ではなく
色若(若い色男)ということもないが、美形の若侍。
とあることで、女装をしなければならなくなる。
これが、あたり前だが、女形は自家薬籠中の物の菊之助、
実に、はまる。これが愉しい。
時蔵。
女形では重鎮、立女形の一人。菊五郎の女房役。
以前からなん度もこの人の芝居は見ているし、実力は、
言うまでもないのだと思うが、特に、この舞台、重み、と
いうのか押さえというのか、この人が舞台上にいると
絶大な安心感があった。
そして、もちろん。
先に書いているストーリー全体のハチャメチャは、
一座全員で作り出さねばならない。
舞台上でも、座頭菊五郎が「ワンチーム」といっていたが、
昨日今日集まったわけではない菊五郎一座面々で、一致して
舞台を作り上げていることがよく伝わってきた。
「菊一座令和仇討」、センセーショナルだったり、キャッチーでは
ないかもしれない。だが、良質でエンターテインメント性も高い
佳作であろう。
正月から、おもしろかったし、愉しかった。
「よっ、音羽屋!!」。
三代目豊国 初元結曽我鏡台 法華長兵衛/四代目坂東彦三郎
白井権八/四代目市川小団次 笹野権三/八代目市川団十郎
嘉永2年(1849年)江戸・河原崎座
(これは二回目の上演のもの。)
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