断腸亭料理日記2019
引き続き、志ん生師「らくだ」。
父、祖父は火葬場のことを焼き場といっていた。私は落語以外でも他に
聞いたことはない。東京・江戸で火屋(ひや)と言っていたのかどうかは
確かめ切れていない。
松鶴師など上方の落語家の録音には説明なしに火屋といっていたので、
関西では最近まで(?)使われていた?。そして上方種の噺だからか、
とも思っていたのだが、、。
ただ、どちらにしても、火屋は古い言い方であることは間違いない
ようである。
ともあれ、いかがであったろうか「らくだ」。
前に書いたが、明治終わり頃、京都の桂文吾(4代目)から東京の柳家小さん(3代目)に
伝えられたという。
上方では亡くなった笑福亭松鶴師(6代目)が看板にしており「らくだ」と
いえば松鶴といってよいと聞いていた。音も残っている。桂米朝師(3代目)、
桂文珍師の音もあるので聞いてみた。
聞いてみると、松鶴師から、米朝師、文珍師と段々にマイルドに
なっているのがわかる。
松鶴師では、かなり恐い。上方は丁の目の半次ではなく、やたけたの
熊五郎といっているが、松鶴師では本物であるが、文珍師になると熊五郎も
いたってマイルドになり、全体として笑いが増している。
現代において大阪で演ずるとするとこうなる、ということなのかも
しれない。
東京でいえば、志ん生師の丁の目の半次はやはり恐い。
談志師も同様。円生師は少しマイルド。小さん師(5代目)は随分と
マイルド。小さん師は人(ニン)ということもあるのだろうが、これは
作品の理解、演出ということのようにも思う。
名作?、、、いや、問題作であることは間違いない。
殺人こそないが、らくだも、丁の目の半次は紛れもない「悪党」。
前に「悪党の世紀」との関係で触れたのだが、
幕末のような世の中、
皆「悪党」であった時代ということではなく、いつの時代どこにでもいる
ゴロツキという理解が正しかろう。
志ん生師、談志師を聞いていると江戸〜東京の落語に流れていると
私が考える、幕末からの「悪党の文脈」に響いて定着したということ
ではないかと思うのである。
作品理解からすると、松鶴、志ん生、談志のように恐い、文字通り
酷い奴として描くのが正解なのではなかろうか。特に、談志師の、
酔ってからの屑やの演出はまさに人間というものに迫っている。
作品性は高い。上方から東京に「らくだ」がきてたどり着いた姿と
いってよいと思う。
ここまで酷い奴は、円朝作品を除いて、江戸落語には登場しない
のではなかろうか。またこの噺、ノーマルな勧善懲悪でもない。
らくだは、死んだので仏。だから許しがたいが許す、という処理の
され方をしている。
また「黄金餅」もそうだが、行われる遺体損壊。
(ついでだが、火葬場が舞台になるのも二席に共通している。)
もちろん、それを笑いにしているのだが、遺体損壊を笑いにする
こと自体が日本人の伝統的倫理観ではあり得なかろう。
遺体損壊は落語ではこの二席しかないのではなかろうか。
円朝作品にもさすがに登場しないと思われる。
上方種には多いのか。上方落語を体系的に知っているわけでは
ないので、断定的なことはいえないのだが、そんなことも
ないではなかろうか。
前に、この噺は歌舞伎になっていると書いた。
こんな酷い、恐い、また、グロイ噺が歌舞伎とは、とも
思うのだが、米朝師から文珍師のマイルドな「らくだ」を
聞いてみて、なんとなくわかったような気がしたのである。
松鶴、志ん生、談志のラインはリアルを追求し人間を描く。
一方、米朝から文珍などのライン(小さん(5代目)もここに入ろう。)
は熊五郎(半次)をマイルドにすることによって、フィクション、
虚構世界にし、笑いを増大させた。
芝居にした場合もこれではなかったのか。
歌舞伎は映像のアーカイブを観ることができるのだが、
コミカルな演出で、やはりこういう理解でよさそうである。
つまり、二方向に発展してきた噺ということができると考える。
志ん生から談志に至った「悪党」系の人間を深掘りした「らくだ」。
また、フィクション化しエンターテインメント性をあげた
米朝師〜文珍師などの大阪系の「らくだ」どちらもあり。
やはりこの噺、ちょっと稀有な例といってよいだろう。
継子(ままこ)かもしれぬが、落語としては重要な噺である。
さて「らくだ」はこんなところでよいか。
志ん生師、もう一つ。
あまりいわれないが私の好きな噺「三軒長屋」。
時代設定は一応、武士が出てくるので江戸末といったところか。
三軒続きの長屋。
ただ、これは落語によく登場する九尺二間といった狭小な長屋ではなく、
二階もある少し大きなもの。
手前から、鳶頭(かしら)、真ん中がお妾(めかけ)さん、
その向こうが剣術の先生の住まい兼道場の三軒。
この三軒が壁一枚で隣り合っている。
鳶頭は、いわゆる火消し、仕事衆(し)の頭という言い方もされる。
気の荒い配下の者達もたくさん出入りする。
内儀さんは、鉄火(てっか)で、姐御(あねご)などと呼ばれる。
鉄火というのは、例えば鉄火場というと、博打場のこと。
辞書を引くと「気性が激しく、さっぱりしていること。威勢がよくて、
勇ましいこと。また、そのさま。多く、女性についていう」。(大辞泉)
鉄火巻は博打場などで簡単に食べられる巻き寿司として考えられたとも
いわれている。(まぐろの赤い色からともいう。)
剣術の道場は、こちらももちろん、荒々しく、色気もなにもない。
お妾さんは旦那がきた時だけ笑い声がちょっとあるぐらいで
いたって静か。
まずこれが初期設定。
鳶頭は寄合から女郎買いで数日家をあけている。
配下の者が集まり、一杯呑んで、喧嘩の仲直りのための会をやる。
しかし酒が入ると、お決まり。また喧嘩が始まり、出刃包丁を
持ち出し、殺ろす、殺せの大立ち回り。
剣術の先生の方は、夜稽古も始まり、ヤー、トー、ドタンバタン。
間に挟まれて、真ん中のお妾さんは血のぼせがするとか、
気のぼせがするとかで、旦那に訴える。
旦那は[伊勢勘]という質屋。
訴えを聞いた旦那は「実はな、この長屋は家質(かじち)に
取ってある」という。
土地なのか家なのか[伊勢勘]で抵当に取ってあり、それが
もうじき抵当流れになる。それで、もう少し待て。
流れれば、どぶさらいの鳶頭とへっぽこ剣術の先生なんぞは
ちょいと金をやって追い出し、三軒を一緒にして、住めばよい、と。
つづく
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