断腸亭料理日記2018

本所界隈のことと

本所石原・レストラン・クインベル その1

6月3日(日)夜

さて、引き続き、日曜日。

夜は久しぶりに、本所石原のレストラン[クインベル]へ
行くことにした。

もともとはフレンチのシェフなのだと思うが
うまいレストラン。

料理は洋食とフレンチの中間といった趣。
ただ店構えは、下町の小さな食堂。
下町らしく、日曜もやっている。

5時半に予約して、バスで出かける。

春日通りを走る、錦糸町・大塚発着の都バス
都02系統。

拙亭前の元浅草三丁目から乗って厩橋を渡り、
清澄通りを右折。

蔵前橋通りを左折し、石原一丁目まで四つ目。

10分もかからない。

バスを降りて、清澄通りまで戻り
蔵前橋通りを渡る。
クインベルは蔵前橋通りの反対側。

さてさて、ちょっと久しぶりなので、
クインベルの前に、このあたりのこと、
少し書いておこう。

まずは、地図。

現代の地図。


江戸の地図。

今も使っているが、このあたりは本所という。
区の名前も墨田区の前は、本所区。

ほんじょうに 蚊がなくなって 大晦日

こんな川柳もあった。

本所は今は、ホンジョと発音する人が多いと思うが、
以前はホンジョではなく、ホンジョウと発音していた。

落語家や歌舞伎役者でも古い人は、ホンジョウといっている。
(志ん生、圓生はもちろん、当代吉右衛門などもホンジョウと
発音している。)
この川柳は本所は水がよく出て、ジメジメしており、
蚊が多かったということ。
志ん生師などは、業平に住んでいたが、家の中の壁に
なめくじがたくさん這っていたのを、軍艦に見立てて、
なめくじ艦隊などといっていた。

昔々のこと。

江戸の初期には隅田川の東側の本所、深川はまだ、
江戸には含まれていなかった。

江戸開府から江戸の街造りが進み、50年ほど。
大火などもあったので、ご記憶の方もあるかもしれぬが
明暦という年号がある。
この明暦あたりが一つのポイントと思えばよろしいか。
江戸の町は大改造が行われた。

吉原遊郭が元の日本橋葭町(人形町あたり)から、
浅草北部へ移転したり、中央部にあった寺々を、
郊外へ移転させたり。
人口の増加とともに、中央になくてもよいものを郊外へ移す。
それと同時に、川向うの本所・深川を江戸の町に組み入れて
いったのである。
本所は低湿地、深川の多くはまだ海であった。
これらを埋め立て、下級旗本、御家人などの住まいとして
開発していったのである。

池波先生の作品に「男の秘図」(上中下・新潮文庫)



という作品がある。
シリーズではない池波作品の中では、かなりの長編であるが
大好きな作品である。

この主人公は徳山(とくのやま)五兵衛秀家という旗本。
長谷川平蔵よりも少し前の同じ火付盗賊改の
長官であった人。
この人は例の歌舞伎「白波五人男」の盗賊の親玉、
日本駄右衛門のモデルである江戸期の実在の盗賊、
日本左衛門を召し捕った人。

そして、この徳山家は代々五兵衛を名乗り、初代が
本所開発を担った本所奉行。

上の江戸の地図にもマークを入れてあるが、
この徳山家の屋敷跡が[クインベル]よりも少し北。
徳山稲荷というお稲荷さんが今もある。

また、現代の地図にマークを入れたが、今、
「北斎通り」という通りが[クインベル]よりも少し南にある。
この通りは、江戸期には南割下水(みなみわりげすい)
という細い堀のようなものがあった。今の町名は亀沢町。

江戸期の亀沢町は実際にはもう少し南だが、江戸後期の
浮世絵師葛飾北斎が生まれた本所亀沢町にちなむ。

墨田区は今、北斎の作品を集めた「すみだ北斎美術館」というのを
設けたりし、葛飾北斎を区のイメージアップに使っている。
墨田区の偉人というと北斎か勝海舟。
勝海舟は吾妻橋の墨田区役所の前に銅像を建てている。

二人とも、生まれは本所であることは間違いないが、
所縁の地というのは必ずしも墨田区だけではない。
北斎は引越しマニアで90回以上も引越したというし、
墓は、拙亭ごくご近所元浅草の誓教寺というお寺にある。

海舟は成長し、活躍していた頃から明治以降も、
赤坂氷川神社そばに住み「氷川清話」という晩年の
聞き書き集もある。
まあ、江戸人はよく引越しをしていたということでもあろうし、
北斎も海舟も墨田区にとどまらず、江戸・東京が誇るべき
偉人であることに異論を差しはさむ余地はないが。
(樋口一葉というのも、お札になったお陰で、所縁の地を
名乗る区が複数ある。彼女も10回以上引越しをしており、
台東区の竜泉に記念館があり、亡くなったのが文京区なので
文京区にも会館がある。(現在は閉館中のよう。))

また、現代の地図にマークを入れたが、二つの旧跡。
「河竹黙阿弥終焉の地」と「三遊亭圓朝住居跡」。
この二人とも、私にとっては忘れてはいけない人。

黙阿弥所縁のというと江戸期の住まいが有名だが、
これは浅草寺仲見世あたり。当時の芝居町が浅草寺裏の
猿若町であった関係である。
黙阿弥は明治になり本所へ引越しており、そこで亡くなった
のである。
また、すぐそばに三遊亭圓朝の住居もあったというのはおもしろい。
二人は明治も同じ時期に生きていたはずである。
落語の噺を芝居に多くしているので、交流はおそらく
あったと思われる。
(記録のようなものもおそらくあるのではなかろうか。)
だが、住まいがごく近所であったのは今回知った。
(身分というのか格としては、いかに落語界の大圓朝といえども
歌舞伎芝居の大作者黙阿弥の方が上であったか。)





つづく





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