断腸亭料理日記2018
玄関。
7時の予約で5分前に着いた。麻の暖簾を分けて入る。
玄関は中も広い。
右側に下駄箱、紺の半纏をひっかけた
下足番のおじさんがいる。
名前を言う。
三和土(たたき)があって、沓脱(くつぬぎ)石があって、
玄関の床がある。つまり、三段階になる。
靴は三和土に脱いで、沓脱石には裸足でお上がりください、
と下足番のおじさんはいつも言ってくれる。
どうもこういう本式の玄関は慣れないので、石に靴を脱ぐのか、
三和土に靴を脱げばよいのか、とっさに判断ができないのである。
使い込まれたつるつるの冷たい石に足をのせると気持ちがよい。
おじさんは、出てきた仲居のお姐さんに部屋の名前を伝え、
案内を託す。
二階のよう。
ここはいわゆる大部屋の入れ込み座敷はなく、すべて
個室の座敷。
昨日書いた、芸者さんが入る鰻料理やだからであろう。
玄関正面の幅の広い梯子段を上がり、真っすぐ行って、
突き当りの座敷。
落語の中、特に吉原の噺でよくこの(みせにあがって)
「幅の広い梯子段をトントンとあがって・・・」という描写がある。
実生活でこういう経験は皆無であるが、こういうことなのか
というのが実感できるわけである。
さて、ここで問題がある。表現として「梯子段」なの「階段」なのか
ちょっと迷うところ。今、梯子段(はしごだん)という言葉はもはや
死語であろう。個人的には梯子段の方が小さいものというイメージが
あったが、このように幅の広いという形容詞がついても梯子段を
使っていることがあり、むしろ階段という方が新しく、
例えば、明治あたりでは木造建築すべて梯子段ではなかったのでは
と思えてくるのである。
まあ、この店の場合は戦後すぐの建築であると聞いているが、
以前の梯子段でよろしかろう。
ともあれ。
座敷は突き当り、次の間付きの部屋で、主室は右側で右側にも障子はあるが
廊下を左側に折れて次の間から入る。
どうやら私が一番乗りのよう。
広い部屋に一人は落ち着かない。
一服できないかと思い一度部屋の外に出てみる。
梯子段の方に戻ってみるとその間の廊下に
煙草盆がたくさん置かれている。
これを使ってよいのかな?。
そこにいたお姐さんに聞いてみると、どうもたくさん置かれている煙草盆はコレクションのようで
灰皿に使ってよいのは左手手前の灰皿、とのこと。
煙草盆も落語にはよく登場する。
落語は扇子と手拭だけで、様々な仕草を表現するわけであるが、
扇子を煙管に見立て、まず煙草入れに見立てた折った手拭に
扇子の先を突っ込み、雁首に刻み煙草を詰める。
そして、煙草盆に置かれている火の熾った炭に雁首を近づけて
火をつけ、一服。
そして、煙草盆の竹に煙管をポーンと当てて、灰を落とす。
この一連の仕草である。
上の写真を見ていただくとわかるが、煙草盆には持ち手の
付いているものがある。細かいところだが、火をつける時に
左手でこの持ち手を持つ仕草をする人があったりするのだが、
こういうことなのか、である。煙草盆というのは裕福な家や
こういった料理やなどの客商売のもので、長屋などでは
こんなものはなく、圧倒的に煙草には火鉢を使っていた
はずである。拙亭には陶器の火鉢もあるが、木製の
いわゆる長火鉢がある。
手前の縁になにか板のようなものが貼ってあるのがおわかりなろうか。
これは金属の板で、灰を落とす時に木の縁に煙管を当てると傷になるので、
このように金属の板が貼ってあるのである。
閑話休題。
そうこうしているうちに、連れも揃った。
注文を再度確認。
以前、この店では注文があってからうなぎの料理をする
という昔の形を取っており、その場合は、本当に小一時間待つ。
それで予約時に注文を聞かれていたのである。
以前、ここの座敷の押し入れには、時間をつぶすための碁盤、
将棋盤が入っていたのを見たことがある。
(今回確認したら、この部屋にはさすがにそれはなかった。)
今は、特にいわれなかったので、そうでもないのかもしれぬ。
白焼き二人前、お重、うざく、お吸い物。
肝焼きがあるというので、それも追加で。
ここはなぜか肝吸いはなくお吸い物か味噌汁。
呑み物はまずはビール。
先付け。
これは必ずくる。
朱塗りの漆器。右が殻を取った生の白海老、左は焼いた平貝か。
上がスモークサーモン。
冷酒(ひやざけ)に替える。
銘柄は、菊正宗。
やっぱり下町の老舗は、菊正である。
肝焼きがきた。
かなり大きい。
これは肝だけではなく、鰭も一緒に巻き付けて焼いてある。
肝は肝焼き、鰭は鰭焼きで別の串にすることの方が
多いのではなかろうか。
山椒をふって食べる。
しっとりとし、堪えられないうまさ。
千代田区外神田2-5-11
03-3251-5031
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