断腸亭料理日記2018
8月6日(月)夜
月曜日、例によって栃木からスペーシアで
浅草まで帰ってきた。
今日は少し早くて、18時すぎ。
久しぶりに並木の[藪蕎麦]にでも行こうか。
が、雷門前の並木通り、店の前までくると、
灯りが消えている。
そんなはずは、、。
月曜はやっていたはず。
表の硝子格子の前に札が立て掛けられている。
白い半紙に筆で「八月六、七、八、九日 休業仕候」。
(仕候はツカマツリソウロウ)
今週、休みだ。
夏休み?!。
あ〜。
毎年そうであったか?。
真夏であるが、天のヌキ(天ぬき)で冷(ひや)の
菊正を呑んで、せいろ、などというのも乙なもの、
などと、妄想をしていたのだが。
はて、どうしたものか。
そば、という頭ではなく、並木[藪]という頭であった。
これでは[尾張屋]でもだめである。
[おざわ]なんというのも頭には浮かんだが、月火休み。
ん!。
そうである。
並木の[藪蕎麦]という頭なら、駒形[どぜう]。
もちろん、テーマは江戸である。
浅草でも老舗は数多いが、この二軒は江戸のままの
風情を残そうとしている。
この暑いのに、どぜう鍋か、と思われるかもしれぬ。
しかし、江戸・東京では、栄養をつけるためにこの手の鍋は、
夏食べるものであったのである。
どぜう鍋然り、軍鶏鍋然り、桜鍋然り。
今は、むろんどこもエアコンが効いているが
そんなもののない時代の真夏に、炭火の熾った
焜炉(こんろ)の鍋を囲むのはまさに我慢大会の
ようであったろう。
ともあれ。
並木通りの[藪蕎麦]から駒形[どぜう]まで歩く。
意外に、この距離たいしたことがないのである。
浅草通りと蔵前通り(江戸通り)、駒形橋西詰の交差点を
渡ってそのまま蔵前通りを真っすぐ。
目と鼻の先といってもよい。
5分ほどで駒形[どぜう]到着。
左側に「江戸文化道場」の題字下に、著名人の名前が書かれた
赤い提灯が並ぶ。白い麻の暖簾には墨の太い文字でどぜう、
そして腰障子。右側にはどぜう汁とどぜう鍋と書かれた行灯。
暖簾を分け、腰障子を開けて入る。
入ると下足番は眼鏡を掛けて紺の半纏を引っ掛けた
ひょろっとした若いお兄ちゃん。
よく若旦那然とした人が下足番をしていることがあるが、
この人はあまり見ない顔。
一人、というと、テーブル席は少しお待ちになります、
とのこと。
もちろん、入れ込みでOK。
板の間に簾を敷いた、夏仕様。
長い桜の一枚板を横に渡し、これがお膳がわりで
ここに焜炉を置く。
この板の列が奥に向かって4〜5列。
なん十畳あるのか、かなり広い。
さすがにこの暑さ、ところどころあいているところが見える。
一番手前、縁側寄りを案内される。
店の奥に向かって座布団に座る。
冷酒(ひやざけ)ではなく、やはりビール。
それから、丸鍋。
丸鍋はまるごとのどぜうの鍋のこと。
開いたものもあるが、もうこれ一本
ビールがすぐにくる。
この時期なので、お姐さんは浴衣姿。
ここのお姐さんは、文字通りおねえさん。十代か二十代前半で若い。
お皿やビールもこの板の上に直に置くのである。
入れ替わりに鍋もくる。
お姐さんは、食べ方わかりますか?、と聞く。
はい。もちろん、わかります。
薬味と割り下は、お隣と一緒で。
そう。
これ、この店のルールなのだが、意外に大切なのである。
観光客も多いこの店のこと、知らないと、
私のとこのねぎを使ったといって、文句を
いわれることがあるのである。
お隣は、とみると、女性二人。
六十すぎくらいであろうか、ちょっと年配の方と
その娘さんらしき三十代くらいの組み合わせ。
ちょっと会釈をして、ねぎを取って鍋の上にどさっと盛る。
しかし、お隣の二人。
女性二人でどぜう、というのはかなり珍しい。
どぜうは既に煮えているので、どぜうだけ食べ始める。
ここの丸鍋のどぜうは、例の江戸甘味噌で煮てあると聞いたことがある。
割り下はしょうゆ系なのだが、もともとの味付けは
あのちょっと甘い味噌というのは、おもしろい。
だが、もちろんそれとわかるほどの味が付いている
わけではない。よくよく味わってみると、そうかな
と感じる程度である。
つづく
台東区駒形1-7-12
TEL.03-3842-4001
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