断腸亭料理日記2016
7月23日(土)昼
友人が昼から呑もうというので
かんだ[やぶ]へ。
地方の人に東京を紹介するのに
最も適切な店、というと、間違いなく
この店はその一つになるだろう。
東京の名物というと、江戸発祥のにぎりの鮨。
これはもう今さら説明はいらなかろう。
「江戸で生まれて東京で育ち、いまは日本を
にぎり鮨」。日本橋[吉野鮨]の箸袋に書かれているコピー。
これはもう“日本”を“世界”に替えなければいけない。
世界中の大都市で鮨が食べられないところはまずない。
それから、名古屋や九州も名物にしているところがあるが
うなぎの蒲焼。
うなぎの蒲焼も、江戸・東京のものは、
関東の濃口しょうゆの発明とともに生まれ
蒸しという工程を経て柔らかく仕上げる
関東風の蒲焼として発展した。
それから天ぷら。
これは、別段東京だけではない、と
思う方も多いかもしれぬ。
むろん、全国の家庭でも揚げる。
ただ実際は最初に江戸で発展したものと
いってよいものだと考えている。
江戸期には食用油の精製技術が未熟で
天ぷらに使えるものは胡麻油のみであったという。
それで江戸・東京の天ぷらは今でも
基本は胡麻油を使う。
また、名古屋、京阪神地方には、天ぷらという
食いものは存在するが、天ぷらやというのは、
ほとんどといってよいほど、ない。
江戸以外は明治以降なのではなかろうか。
そして、そば。
これも別段、東京でなくとも、全国に
名物にしているところが数多い。
京都、福井県(越前そば)、長野県(信州そば、安曇野他各地)、
島根県(出雲そば)他にも数多くある。
食は文化である。
江戸・東京の蕎麦も、にぎり鮨やうなぎ蒲焼、
江戸前天ぷら同様に、あるスタイルを持った、
江戸・東京の食文化を代表するものの一つ。
全国にあるご当地そばとは似て非なる物である。
むろん、私は全国のそばを否定しているものでも
なんでもない。
全国のご当地そばにもそれぞれスタイルが
あるように、江戸・東京にも固有のスタイルが
ちゃんとある。
これを忘れてほしくはないのである。
そばの色、香り、太さ、喉ごし、味。
つゆの味はもちろん、接客まで。
東京ならではの形がある、いや、あった、と
過去形にすべきなのかもしれぬが。
その東京のそばやを代表するのが、
やはりこの店であろう。
更科、砂場、長寿庵、、東京のそばやの
暖簾はいくつかあるが、やっぱり[藪]。
その[藪]の総本家に最も近いのがここ。
創業は明治に入ってで、ここよりも古い
店は東京にもあるが、それでもやはりここ。
先年、失火で店舗が焼け一時閉店を
していたが、再建され以前の姿を取り戻している。
江戸・東京を代表する伝統の食文化である
そばやの灯を燃やし続けていっていただかなければ
いけなかろう。
それができるのは[かんだやぶ]しかない、
と、私は思っている。
まずは、ビール。
エビスの大びん。
ここのそば味噌は柚子の風味が特徴。
いつものように、女将さんの節をつけて、
注文を通す声が聞こえる。
肴は鴨肉とわさび芋。
わさび芋の器が鳥獣戯画。
ちょっと乙。
わさび芋とは、浅草雷門の並木[藪]でも出すが、
おろしたとろろをわさびじょうゆで食べる、
まったくシンプルなもの。
透明な瓶は酢である。
お好みで、ということだが、酢で食べたことは
私はない。今日はやめておこう。
そばは、この季節なので、せいろ。
肴とともに最初に頼んでも、呑むスピードを
見計らって、そばを出す。これも江戸・東京の
そばやの気遣い。
基本、長居はしないのである。一本呑んで、そばをたぐって
帰る。それでこういう微妙な気遣いが生まれたと思う。
そばは緑色に近い。
今は並木なども違うが、本来の[藪]はこの
緑がかった色が看板であったという。
秋の新そばの緑色の甘皮を残して挽いたのが
もともとという。
食べ進むと、そば湯を出す。
これも、このタイミング。
これが本来であったと思われる。
私が知っている範囲でも、町のそばやでも東京の蕎麦やは、
せいろと同時に出す店などはなかったのでは
なかろうか。
つゆは浅草雷門の[並木藪]よりも薄いが
東京の標準的な濃さであろう。
箸先にわさびをつけて、そばをつまみ、
つゆに先の方だけつけて、たぐる。
これが東京のそばの食べ方。
箸からそばを放して、つゆに全部つけては絶対に
いけない。
それだけ東京のつゆは濃い。
こういうもの、で、ある。
江戸・東京の食文化を代表するそば。
大切にしたい。
03-3251-0287
千代田区神田淡路町2-10
断腸亭料理日記トップ | 2004リスト1 | 2004リスト2 | 2004リスト3 | 2004リスト4 |2004 リスト5
|
2004 リスト6
|2004
リスト7 | 2004 リスト8 | 2004 リスト9 |2004 リスト10
|
2004
リスト11 | 2004 リスト12
|2005 リスト13 |2005 リスト14 | 2005
リスト15
2005
リスト16 | 2005 リスト17 |2005 リスト18 | 2005 リスト19 | 2005 リスト20
|
2005
リスト21 | 2006 1月 | 2006 2月| 2006 3月 | 2006 4月| 2006 5月| 2006
6月
2006 7月 |
2006 8月 | 2006 9月 | 2006 10月 | 2006 11月 | 2006
12月
2007 1月 | 2007 2月 | 2007 3月 | 2007 4月 | 2007 5月 | 2007 6月 | 2007 7月 |
2007 8月 | 2007 9月 | 2007 10月 | 2007 11月 | 2007 12月 | 2008 1月 | 2008 2月
2008 3月 | 2008 4月 | 2008 5月 | 2008 6月 | 2008 7月 | 2008 8月 | 2008 9月
2008 10月 | 2008 11月 | 2008 12月 | 2009 1月 | 2009 2月 | 2009 3月 | 2009 4月 |
2009 5月 | 2009 6月 | 2009 7月 | 2009 8月 | 2009 9月 | 2009 10月 | 2009 11月 | 2009 12月 |
2010 1月 | 2010 2月 | 2010 3月 | 2010 4月 | 2010 5月 | 2010 6月 | 2010 7月 |
2010 8月 | 2010 9月 | 2010 10月 | 2010 11月 | 2011 12月 | 2011 1月 | 2011 2月 |
2011 3月 | 2011 4月 | 2011 5月 | 2011 6月 | 2011 7月 | 2011 8月 | 2011 9月 |
2011 10月 | 2011 11月 | 2011 12月 | 2012 1月 | 2012 2月 | 2012 3月 | 2012 4月 |
2012 5月 | 2012 6月 | 2012 7月 | 2012 8月 | 2012 9月 | 2012 10月 | 2012 11月 |
2012 12月 | 2013 1月 | 2013 2月 | 2013 3月 | 2013 4月 | 2013 5月 | 2013 6月 |
2013 7月 | 2013 8月 | 2013 9月 | 2013 10月 | 2013 11月 | 2013 12月 | 2014 1月
2014 2月 | 2014 3月| 2014 4月| 2014 5月| 2014 6月| 2014 7月 | 2014 8月 | 2014 9月 |
2014 10月 | 2014 11月 | 2014 12月 | 2015 1月 |2015 2月 | 2015 3月 | 2015 4月 |
2015 5月 | 2015 6月 | 2015 7月 | 2015 8月 | 2015 9月 | 2015 10月 | 2015 11月 |
2015 12月 | 2016 1月 | 2016 2月 |
2016 3月 | 2016
4月 | 2016 5月 | 2016
6月 |
2016 7月 |
(C)DANCHOUTEI 2016