断腸亭料理日記2015

2015年落語のこと その2

引き続き、落語のこと。

昨日は正月の寄席中継から今の東京落語界について
思ったことを書いてみた。

今日は多少個人的な思いも含まれるのだが、
今まであまり書いていなかった落語の意味のようなものを
いくつか書いてみたい。

落語というのはかなり特殊な話芸であろう。

世界でも他にあまり例がないともいう。

一人語りで、ほぼ会話のみでストーリーを展開させ、
基本、笑いを与える。
また、扱うのは庶民。または庶民の視点。
そして、江戸と大坂の二つの大都市にしかない。
意外にこれはポントかもしれぬ。

さらに、一人で演じる話芸だが、落語ではない
今盛んにピンで行われる芸も含めた漫談の類、
あるいは、欧米のスタンドアップコメディーなどと比べると
これらは基本その演者のキャラクター、芸風で喋る
フリートークである。

しかし、落語というものは、様式がある伝統芸能であるということ。

落語に様式があるというのは、意外に思われる方も
あるかもしれない。
落語も他のピン芸人と同じように勝手に喋っているように
思われているかもしれない。

あまり語られていないが、落語には落語に聞こえる形が
ちゃんとある、のである。

私自身、もう20年程度前になるが立川志らく師に5年ほど
落語を習っていたわけであるが、この習い始め、
最初にいわれたのがこのことだったのである。

実際、今のプロの落語家でもこのことを意識している人は
そう多くはないのではないかと思われる。

例えば、歌舞伎のような誰がやってもほぼ同じように演じる、
いわゆる形(かた)のようなものかというとそうではない。
歌舞伎と比べれば演者に許されているアレンジの範囲というのは
おそろしく広い。それで、様式はないと思われているという
ことだと思われる。

ただそれでも最低限の決まった形、約束はある。

例えば、上下(かみしも)を切るということ。

右向いてご隠居(上)、左を向いて八五郎(下)。
つまり、左右を向くことによって違う人物の
会話を表現する。

細かく説明をすると、これも実はもう少し込み入った
ルールがあるのだが、長くなるので今日はやめよう。

もう一つ大切なのは、落語には落語のリズムとメロディーが
ある、ということ。
これができていないと、セリフをいくら暗記して喋っても
落語には聞こえない。志らく師に師事をして
最初にいわれたのはこのことであった。

ドラマや舞台の演劇でも基本は普通の話し言葉であり、
会話である。

落語も言葉遣いが江戸弁であったりするが、内容は普通の会話。
だが、これは普通の会話のようだが、実は落語独特のリズムと
メロディー、口調で喋っているのである。

やはりこれは落語も伝統芸能である証拠でもあろう。
例えば、歌舞伎でも特に時代物などでは顕著だが
独特の口調がある。

あるいは、物売りの口上。
例えば「蝦蟇の油売り」。

「さあさあ、ご用とお急ぎでない方は、よっく見ておいき・・」

なんというのも、独特のリズムで喋る。

落語をよく聞いていただくとわかると思うが、
枕(まくら)というが、話始めの導入部分から、
実際の噺に入ると口調が変わる人が多いはずである。

さて。

実はここからが今回の本論。

私がこの日記でたまに落語から引用というのか、
例証というのか、落語にこんなことがある、という
ことを書くことがある。

例えば、最近もおでんの由来で「お若伊之助」という噺に
“煮込みの”おでん、という言葉が出てくる、という
引用をしている。

“煮込みの”と断っているのだから、煮込みでない
おでんがある、ということになる。

つまり、もとは焼いた豆腐などに味噌を塗って食べる田楽が
おでんだったという証拠になるというわけである。

落語の一つ一つの噺は、江戸末から明治にかけて
出来上がったとみてよいとすると、その頃の、江戸・
東京の庶民の生活そのものを描いており、言葉、
習慣、生業、食べ物、吉原・品川・新宿など遊び場、
その他、生老病死、庶民のありとあらゆるものが
散りばめられているのである。

武士はむろんのこと文字が書けるので日記なども
書いたりするわけで、文字に書いたいわゆる史料というものが、
多く残っている。
映画にもなった磯田道史氏の「武士の家計簿」



なんというのは、普通の武士の家の生活というものを
家の出納帳から描き出している。

商人(あきんど)というのもある程度記録を残しているので
これも調べることはできるであろう。

しかし、庶民の生活なんというものは、文章に残っているものは
自ずから限られている。特に生活となると
いわゆる表の歴史ではないし、取るに足らぬもので、
忘れ去られていく。

こういったものが、すべてではなかろうが、
落語には描かれているといってよいのである。

私はこういう観点で落語をみていることが多々ある。

私は学生時代、民俗学という学問を学んだ。
日本民俗学は基本、都市は扱わなかった。
民俗学の都市版をやってみたいというのが、
少し後付けだが、私が落語に執着している一つの
理由ではある。


長くなったので、途中だが、つづきはまた明日。



 

 


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