断腸亭料理日記2014
11月8日(土)夜
さて。
土曜日。
今日はちょいとした用で午後、杉並方面へ。
5時近くに新宿まで戻ってきた。
天気予報では雨模様といっていたが、
降っていたのは浅草を出るときだけで
持ってきた傘は邪魔であった。
雨は降らずとも、曇天で肌寒い一日。
こう寒いと、食べたくなるのは、おでん。
どこかへ寄るのも億劫なので
買って帰ろうか。
新宿には、私の好きな[お多幸]もある。
おでんとなると毎度書いているが、
やっぱり、純東京風の真っ黒なものでなければ
いけない。
まったく、なんで滅んでしまったのか。
おでんといえば四季を問わず、コンビニの定番である。
コンビニのおでんは、むろん、ご存知の通り、
澄んだつゆの関西風。
昆布や鰹の出汁と薄口しょうゆのつゆで煮たおでんだって
うまい。
特に大根などの淡泊な野菜は関西風のつゆで煮たものに
軍配を上げる。
ただ、東京風の濃口しょうゆで煮た大根だって
私は好きであるし、うまいと思う。
反対にちくわぶなどは東京オリジナルの種であるから
当然として、豆腐、がんといった、豆腐系の種は、
澄んだ関西風よりも、濃口しょうゆで色が付くまで
煮たものの方が、うまい。
つまり、どちらも別のものとして、うまい。
それだけ味が違う、のである。
同時に存在してよいと思うのである。
なぜ東京風のしょうゆで煮たおでんは、滅んでしまったのか。
歴史を紐解くと、元来おでんは江戸末期の江戸で生まれた。
豆腐やこんにゃくなどに味噌を塗って食べる、いわゆる田楽が
もともとはおでんであった。
これを江戸の濃口しょうゆで煮込んだおでんが登場し、
区別をするために“煮込みの”おでんと呼ばれていた。
煮込みのおでんは、例えば、「お若伊之助」といった
江戸落語にも登場する。
それが、上方に伝播し、関西風の澄んだつゆで煮る、
関東炊きとしてアレンジされ、定着した。
そして、関東大震災前後に京都や大阪風の割烹料理が
東京に流入し、これと同時に関西風のおでんも東京に
逆移入された。
そして、どうしたわけか、濃口しょうゆで煮込んだ、
東京風のおでんは駆逐され、わずかに[お多幸]などの
下町系おでんやに残るだけになってしまった。
おそらく東京のおでんや、というのは、屋台などが中心で
そうそう店を構えて商売をするものではなかったと
想像される。(おでんのある居酒屋でも、色々あるうちの一つの
メニューであったのではなかろうか。)
そういえば今はほとんど見かけなくなったが、私達の記憶のある範囲でも
東京の夜の街の屋台といえば、おでんであった。
あるいは、昼間でも、子供相手に屋台などで売っていた。
(子供の頃、なぜか夏、プールの前によく爺さんの屋台のおでんが
出ていたのを思い出す。)
こうした屋台は基本は食品衛生法などの取締対象でもあり、
時代とともにやる人もなくなっていった。
では家庭のおでんはどうか。
東京、特に下町系では、おでんをするのであれば、しょうゆで
煮たものであったはずである。
私の家もそうであったが、やはり、時代とともに、
濃いしょうゆ味は、塩分がやり玉に挙げられ、段々に薄くなった。
結局そういうことなのであろう。
ただ、私自身の経験からいってもそうなのだが、
東京の家庭のおでんでしょうゆ味が薄くなったおでん、
というのは、出汁を取るわけでもないので、たいしてうまくもない。
おでんに限らず、東京の煮物というのは、旨みの多い濃口しょうゆで
成り立っていたのである。
それで、東京では家庭でもおでんは空白の時期があった。
そこに、若い人を中心に、コンビニの関西風の出汁で煮たものが
定着した。(これは今日の仮説である。)
実際には、塩分濃度からいえば、関西風のつゆの方が
高いというのもよく聞く話であるが、真っ黒い東京の
煮物のつゆは嫌われて、残念ながらおでんでは滅んだ。
しかし、声を大にして言いたいが、純東京風のおでんも
うまい。できればもう一度、東京の街に復活させたい。
例によってゴタクが長くなったが、
新宿[お多幸]の持ち帰りおでん。
2〜3人前。¥2500也。(安くない)
こんな朱色の、粋な缶に入れてくれる。
つゆも別にあり、粉の練がらし、割り箸付き。
入れてもらった種は、おまかせ。
土鍋に入れて温めた。
見よ、この色。
これが純東京風おでんである。
入っていたのは、ちくわぶ、すじ、厚揚げ、がんも、玉子、大根、
こんにゃく(以下、見えないが)ちくわ、ボール、、。
食べてみればおわかりになるが、見た目ほど
塩辛い味ではない。
これは、煮る方も、長い時間は煮ない。
店でも、営業が終われば、この濃いつゆからは
種はあげておくのである。
是非、試していただきたい。
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