断腸亭料理日記2014
3月13日(木)夜
今日は一日、オフィス。
夜、なにを食べようか考えて、なぜだか久しぶりに、とんかつやの
上野[井泉]へ行ってみたくなった。
毎度書いている通り、上野というのは、とんかつ発祥の地などと
呼ばれ、老舗とんかつやが三軒あるが、ここはその一つ。
井泉本店は、三軒の中ではそれでも一番新しいのだが、
昭和5年の創業。
川島雄三監督の映画「喜劇とんかつ一代」(1963年)
の舞台にもなった。
この映画はおろか川島雄三監督という人もご存知ない方が
大多数なのではなかろうか。
落語ファンの方であれば「居残り佐平次」が下敷きになっている
「幕末太陽傳」(1957年)などはご存知かもしれない。
代表作といってよいだろう。
私の好きな監督の一人。
毎度のことながら横道にそれるが、
ちょっただけ書いてみる。
同時代の戦後の日本の映画監督としては、小津、黒澤、
なんというところは、誰でも知っているが、川島雄三監督となると
マニアックな域に入るかも知れない。
(この頃の日本映画界はやはりおもしろかった。)
川島監督は1918年(大正7年)の生まれで
小津安次郎の助監督をしていたくらいで、一世代下。
黒澤明監督は1910年で八つ違い。
だが、1963年、45才、若くして亡くなっている。
存命中50本程度を撮られていて決して少なくはないと
思うのだが、今となってはあまり話題に登らないのは
なぜであろうか。
私は先の「幕末太陽傳」から入って、
一時期、凝って作品を端から観たものである。
多くの作品は人情喜劇、といってよいのだろうが
どれもそれだけではない、哀愁のようなものが漂う
深みのある作品。
監督は、とんかつが好物で、その名も「とんかつ大将」
という映画も撮っている。
とんかつの申し子のような監督かもしれない。
さて、「喜劇とんかつ一代」。
これは森繁久弥主演で、
加東大介、淡島千景、フランキー堺、
三木のり平なんという助演陣で、ちょっと、駅前シリーズ
あたりの雰囲気。
まだ花柳界であった頃の上野、湯島天神下界隈が舞台で、
水谷良重が下谷芸者役で出演している。
その昭和の30年代頃であろうか、芸者さんがいた頃の雰囲気が、
この井泉本店には感じられる、のである。
特に、二階の座敷へあがると、なるほど、という感じ。
TSUTAYAでも新宿など大きなところへいかなければ、
なかろうが、是非、川島雄三監督の「喜劇とんかつ一代」
ご覧になっていただきたい。
さてさて。
井泉本店。
今日は、ちょうどオフィスを出る時刻が、大雨。
上野御徒町の駅からあがってくると、まさに土砂降り。
大股で走って、井泉に駆け込む。
雨だからか、たまたまか、ちょうどお客も少なく、
硝子格子(がらすごうし)を開けると、お姐さんが、
すごい降りですね〜、と出迎える。
まったく。
傘を預かってもらい、広く開いているカウンターのちょうど
手前の端、揚げている前に座る。
瓶ビール(キリンラガー)をもらって、
注文は決めてきた。
かにときゅうりのサラダ。
それから、かつは特ロース。
ビールが先にきて、呑みながら待つ。
ある程度どこでも食い物やは、そうだと思うのだが、
よい店というのは、きれいである。
これはまず、掃除が行き届いているということである。
食い物やであるから当然であるが、特に揚げ物を扱う
とんかつやなどは、なおさらのことである。
揚げているの見ていると、常にフライヤーというのか、油が入っている
ステンレスの器具の周辺を、ちょっとした油のハネも、すぐに
白い濡れタオルで拭いている。
そういえばとんかつやは、白木のカウンターが多いが
これも清々しく、白い。
池波レシピであるが、同じとんかつやで、目黒の[とんき]なども
店中が清々しくきれいであった。
また、忙しく立ち働く、料理人達の動きに無駄がない。
ここ井泉も調理場は今日は二人だが、無駄な動きをしていない。
やはり、こんなこともうまいものを食わせる名店の必須条件
なのかもしれない。
かにときゅうりのサラダがきた。
これ、かなりの薄さにスライスをしたきゅうりとかに、
それをマヨネーズで和えているのだが、特徴は
きゅうりの薄さと、そのきゅうりがおそろしく、パリッと
していること。これがどうもうまさの根本ではなかろうか。
ただきゅうりを薄く切っただけでは、こうはならない。
特ロース。
箸で切れるとんかつ、と、いうのが、ここのキャッチコピーで、
むろん、肉は柔らかく、うまみにあふれているのだが、
それだけでなく、これ以上ないであろうという、サクサクの衣。
まさに、クッキーのような歯触り、で、ある。
むろん、香ばしい。
食べすぎてはいけない。
ご飯と豚汁は、今日はなし。
番茶を勧めてくれる。
ご馳走様です。
おいしかった。
勘定をして、出る。
あれほどの土砂降りも、既に小止みに。
井泉本店
断腸亭料理日記トップ | 2004リスト1 | 2004リスト2 | 2004リスト3 | 2004リスト4 |2004 リスト5 |
2004 リスト6 |2004 リスト7 | 2004 リスト8 | 2004 リスト9 |2004 リスト10 |
2004 リスト11 | 2004 リスト12 |2005 リスト13 |2005 リスト14 | 2005 リスト15
2005 リスト16 | 2005 リスト17 |2005 リスト18 | 2005 リスト19 | 2005 リスト20 |
2005 リスト21 | 2006 1月 | 2006 2月| 2006 3月 | 2006 4月| 2006 5月| 2006 6月
2006 7月 | 2006 8月 | 2006 9月 | 2006 10月 | 2006 11月 | 2006 12月
2007 1月 | 2007 2月 | 2007 3月 | 2007 4月 | 2007 5月 | 2007 6月 | 2007 7月 |
2007 8月 | 2007 9月 | 2007 10月 | 2007 11月 | 2007 12月 | 2008 1月 | 2008 2月
2008 3月 | 2008 4月 | 2008 5月 | 2008 6月 | 2008 7月 | 2008 8月 | 2008 9月
2008 10月 | 2008 11月 | 2008 12月 | 2009 1月 | 2009 2月 | 2009 3月 | 2009 4月 |
2009 5月 | 2009 6月 | 2009 7月 | 2009 8月 | 2009 9月 | 2009 10月 | 2009 11月 | 2009 12月 |
2010 1月 | 2010 2月 | 2010 3月 | 2010 4月 | 2010 5月 | 2010 6月 | 2010 7月 |
2010 8月 | 2010 9月 | 2010 10月 | 2010 11月 | 2011 12月 | 2011 1月 | 2011 2月 |
2011 3月 | 2011 4月 | 2011 5月 | 2011 6月 | 2011 7月 | 2011 8月 | 2011 9月 |
2011 10月 | 2011 11月 | 2011 12月 | 2012 1月 | 2012 2月 | 2012 3月 | 2012 4月 |
2012 5月 | 2012 6月 | 2012 7月 | 2012 8月 | 2012 9月 | 2012 10月 | 2012 11月 |
2012 12月 | 2013 1月 | 2013 2月 | 2013 3月 | 2013 4月 | 2013 5月 | 2013 6月 |
2013 7月 | 2013 8月 | 2013 9月 | 2013 10月 | 2013 11月 | 2013 12月 | 2014 1月
2014 2月 | 2014 3月| 2014 4月| 2014 5月| 2014 6月| 2014 7月 | 2014 8月 | 2013 9月 |
2014 10月 |
(C)DANCHOUTEI 2014