断腸亭料理日記2014
12月12日(金)夜
帰り道、今日は上野のとんかつ[井泉]へ寄ることにした。
まだ6時台であったか。
入ると、カウンターには先客はなく、
テーブル席に二組。
カウンターの揚げている前の席へ座る。
(この後、あっという間にカウンターは満席となった。)
ビールを頼み、さて、なににしようか。
ここには、かつ丼がある。
とんかつやで、かつ丼を出しているところ、
というのは、ほぼ他には、ない、と、いってよいのではない
かと思う。
とんかつや、というのは、毎度書いているが、
上野が発祥の地、と、いわれている。
明治の頃、洋食やというのが生まれて東京で
定着し、この洋食やのポークのカツレツが独立し、
別の業態になった。
洋食やはテーブル席が基本だと思うが、
白木の板のカウンターなどがあって、和食や風のしつらえで、
豚のカツレツを出す。
名前もカツレツからトンカツと変わっている。
上野にはこの[井泉]の他に[ぽん多][蓬莱屋]
と三軒の老舗があって、これらが明治から昭和初期の
創業で、こんなことで上野がとんかつの発祥の地と呼ばれている
のであろう。
しかし、例えば新宿の[王ろじ]なども創業は大正の
10年。実際には上野に限らず、おそらく明治末から
大正にかけて東京の各地で同時発生していたのではないか、
と思われる。
たまたま、上野に有力な店が多かった、ということなのであろう。
さて、かつ丼のことである。
以前に明治初年からの丼物の新聞記事を追って
その歴史を調べてみたことがあった。
このなかでとんかつから、かつ丼というものが
どうして生まれたのか、ということ。
一説には、大正10年、早稲田の蕎麦や[三朝庵]とも、
早稲田の学生であるとも言われている。
今、かつ丼というのは、東京では町の蕎麦やには必ずある。
蕎麦やが発祥というのはうなづけることではある。
また、最初に書いたように、東京のとんかつやには
かつ丼はほぼ、ない。(上野でも[蓬莱屋][ぽん多]
にはやっぱり、かつ丼はない。)
ということは、とんかつやで生まれたのではない
といえるのではないか、と私は考えている。
一方で、今はあまり見かけなくなったが、
(大衆)食堂というのがある。
洋食やが元だったり、あるいは、戦後のやみ市の
食堂のようなものが定着した業態になった
のかもしれぬ。(「(大衆)食堂」については
深く調査をしたことがないので、詳細は私には
情報がない。)
「食堂」にはかつ丼、というのは、ほぼあったと
思われる。ひょっとすると、こういうところが
元であったのかもしれぬ。
ただ歴史としては、大正時代の初期におそらく「親子丼」
が定着し、これに当時人気のメニューになっていた
とんかつが置き換えられたと思われる。
親子の方は、人形町の軍鶏鍋や[玉ひで]が発祥ともいうが
下町に多くあった甘辛の割り下で鶏を煮るのが軍鶏鍋で
その軍鶏鍋やで生まれたというのは間違いはなかろう。
親子が、蕎麦やか、あるいは「食堂」のような
ところでも扱われ始め、こういったところのどこかで
「かつ丼」が生まれ、昭和のヒトケタには
一般化したのであろうというのが、今の私の説である。
さて。
ここ[井泉]そんな中でとんかつやでありながら、
かつ丼がある。
ここのかつ丼、実はかなりの種類を揃えている。
ロース、ひれ、さらに肉の上中下。
都合五種類もある。
せっかくなので、一番上の「特ロース丼」¥2,000也を
頼んでみた。
揚場の前なので、どのように作られるか今日はじっくりと見てみた。
とはいっても、まあ、揚げるのは、他のとんかつと
特に変わりはなさそう。
玉子でとじるのは、丼鍋ではなく、普通の片手鍋。
あとはふたをしない、ぐらいであろうか。
盛り付けは一番上のせいか、お重。
出てきた。
キャベツも食べますか、と聞かれたのでもらった。
特ロースカツというのは単品でもあって、これを
玉子とじのお重にしているということであろう。
ぶ厚い肉で、食べ応えがある。
肉も十分にうまい。
ただ、若干、甘辛の味が薄い。
蕎麦やのかつ丼の濃い甘辛に慣れているので、ちょっと
物足りないような気もする。
やっぱりとんかつやなので、かつを食わす
ということに焦点があたっているのかもしれない。
豚汁もキャベツも全部平らげ、立って帳場で会計。
ご馳走様でした。
今日などもそうなのだが、ここは居心地がよい。
急にお客が入って、混み合っていたのだが、
特段とっ散らかることもなく、各お客に
細かく目を配った対応でなんなくこなしていた。
(私の、キャベツ別盛なども忘れずに出てきた。)
老舗としては当たり前のことであろうが、
当たり前のことをちゃんとしている、というのは
やはり当たり前ではない、ともいえよう。
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