断腸亭料理日記2013
10月4日(金)夜
栃木の工場から例によって、東武のスペーシアで
帰ってきた。
期がかわり、キックオフの会があり、軽く呑んでいる。
スペーシアに乗って、スマホに入れてある、
落語を聞きながら帰ってきた。
乗っている時間は1時間程度。
今日聞いていたの、小三治師の『時そば』。
皆さん『時そば』はご存知であろうか。
担い売りのそばやと客の話。
勘定をする時に一文ずつ数えながら出し、
途中で"時(とき)"を聞く。
店主は答え、一文掠(かす)める。
これを脇で見ていた男が、気付いて真似をするのだが、
時が違っており、逆に多く払ってしまう。
まあ、そうとうに他愛のない噺ではある。
一般的には、そばを手繰る仕草を見せる噺、と、いうことに
なっているのか。
私は覚えたことはない。
実際におもしろいか、と、言われれば、
どうであろうか、左程でもなかろう。
じゃあ、なんでまた、残っている噺なのか。
つまり、毎度理屈っぽくなって恐縮であるが、
談志家元的にいえば、この『時そば』という噺のテーマは
なんなのか、と、いうことである。
まあ、テーマという程のことまでいかなくとも、
どこがおもしろいのか、ということである。
表面上は最初の男が一文掠め、真似をした人間が
多く払ってしまうという、落語では"おうむ返し"という
お決まりのパターンである。
このおもしろさと、時を聞いて、一文掠めるということ
そのものの、まあ、仕掛けというのか、トリックというのか、
その、おもしろさ。
これに加えて、先に書いた、芸としてそばを食べる仕草を
見せるという部分。
表面的にはこういうことになろう。
ただ、初めてこの噺を聞いた人は、これでよいのであるが、
落語、と、いうのは、すべての噺がそうであるが、
一度聞いてお仕舞というものではない。
少なくともこの噺もきちんと調べていないので、
明確にはわからないが、設定から幕末以前からあったのではなかろうか。
つまり、百年以上は話し続けられてきている。
なん度聞いても、笑いになる、という要素が
必要なのである。
先の一文掠めたり、そばを食べる仕草は一度聞いて、
わかってしまえば、二度目に聞く時にはタネがわかっているので
たいしておもしろくもないし、感心もしなくなる。
そう。
この噺の本当の肝はここではないのである。
どこがおもしろいからなん度も聞けるのかといえば、
この噺の前半、仕込み部分。最初の男が、器だの箸だの、
つゆの香りがいいだの、調子のよい口調で、蕎麦やを褒める。
褒めるのはむろん、後の掠めることの仕込みなのだが、
後で掠めることを知っているから、この部分の調子のよさが
おもしろくなってくる。
むろん、その"おうむ返し"の後半の男の部分は
褒めようと思ったものが、すべて褒められない状態
であることも、おかしみにはなっているが、
なん度も聞いても本当におもしろいのは、前半なのである。
言い換えると、前半の調子よくほめるところが
聞きたいから、なん度もこの噺を聞く、ということなのである。
演者とすれば、ここを立て板に水で、調子よくやらなければ
成立させられない噺、と、いうことになろう。
同じような構造の噺で『うなぎの幇間』という
噺がある。(噺の内容はまったく違うが。)
これは幇間の一八(いっぱち)がうなぎやを褒める。
これも後半ひっくり返るのだが、八代目文楽は、毎度のこと、
立て板に水で、調子よくほめ、また、後半、実に小気味よく
けちょんけちょんにけなす。
『うなぎの幇間』の方は、後半のけなす方がより、
おもしろいと思うのだが、褒めたり、けなしたりする内容自身が
一つの様式になっており、これを聞きたい、と、
いうことになってくるのである。
(決まり文句を並べる、一種の"言い立て"に近いもの
ともいえるのかもしれない。)
とまあ、車中、噺を聞いていて、こんなことを考えていたら、
どうしても、蕎麦が食いたくなった。
9時すぎ、浅草駅に着いて、蕎麦。
東武から銀座線に行く通路の途中、地上へ上がる
狭い階段の脇にある[文殊]という立ち喰い蕎麦や。
のぞいて見ると、こんな時間でもやっていた。
そう多くはないがチェーンのようなので、路麺
という定義には入らないが、生蕎麦茹で立てで、
十分にうまい立ち喰いそばやである。
かき揚げ蕎麦。
「え〜、親爺、カツブシ奢ったな。
いい香りがしてやがんなぁ。
このかき揚げがまた、え〜、揚げたてかい?
カラッと揚がって、うめえじゃねえかい。」
券売機で先に払っているので、勘定は掠められないが、、。
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