断腸亭料理日記2013

断腸亭パリへいく。 その15

5月1日(水)

パリの[Passage53]佐藤シェフの料理は
素材どうしを組み合わせるということがキーに
なっており、それは佐藤シェフに限らず、フランス料理
では普通に行われ、特に新しい組合せというのを
競っている。

日本料理は、新しい組合せというのは、
伝統的には表立ってはせず、それよりは
素材それぞれを磨き込むという方向が
正統とされている(と、私は考えている)。

この日本料理とフランス料理の
違いはなにか、ということであった。

それで思い至ったのだが、日本と欧米の、料理に限らない
すべての【創作】をするという行為について共通する
伝統的な考え方の違いである、と。

日本のある程度すべての表現活動、例えば、絵画、文学、詩歌、
唄、芝居、踊り、楽器などなど、において、江戸期までは
著作権のような考え方は皆無であった。

いや、むしろ、先達(せんだつ)の作ったものをなぞる、
ということが盛んに行なわれていた。

例えば、絵では有名な『風神雷神図』。
これは江戸初期の俵屋宗達がオリジナルでその後、
尾形光琳、さらに酒井抱一(彼らは琳派と呼ばれる
流派になるが)とまったく同じ構図の『雷神風神図』を
描いている。
(むろん、詳細はそれぞれ違って、それぞれ素晴らしいのだが。)
参考

和歌や俳諧の世界でも然(しか)り、であろう。
例えば、和歌には本歌取りというのがある。
これは上の句は同じで後世、別の歌人が下の句を変えたものを
作るといったような例。
芭蕉の『奥の細道』では平泉で、有名な「国破れて山河あり」の
杜甫の詩『春望』を引いて、夏草や兵(つはもの)どもが夢のあと
の句を詠んでいる。

つまり、先人の作品を踏まえ、その感動やらなにやらを
借りて、己の作品を作るというスタイルである。

ここには師匠と弟子のつながりというのか、過去からの
芸術的系譜の中に自分の存在を位置付け、感動を共有し、
さらに発展させるという表現手法の伝統があったのである。
(明治以降この伝統は一般には滅んだといってよかろう。)

日本料理の世界も基本同じで、さらに絵画や詩歌以上に
食という保守的な世界であったがゆえに、明治以降も
こうした伝統は引き継がれていったのではなかろうか。

いやむしろ、変えるのではなく、より深く掘り下げ、
より研(みが)く、という方向に。

よく、芸術家なのか職人なのか、という議論がある

欧米は芸術家で日本は職人。
だから、欧米は新しい表現を求め、日本は研く。

こういう説明は間違ってはいなかろう。

ただ、こういう議論には芸術家は職人より上であるという
ニュアンスが含まれると思うが、それは間違っている。
文脈が違うだけで価値判断、作品のよしあしはまた、
別のものである。

料理としてどちらが上か下かは、見た目の美しさと
口に入れた時のうまさに尽きる、と思うのである。

本来は、そこに珍しさや新しさは、
加点ポイントにはなるが本質的なその作品の
評価とは別のもののように思う。

つまり、評価基準は突き詰めれば、
なにも予備知識がない人がその作品を前にして
(料理であれば見て、食べて)感動をするか、しないか
(うまいと感じるかどうか)しかない。

その時、作者が伝統を踏まえたのか、まったくの
オリジナルなのかは、極端なことをいえば、
関係ないと思うのである。

いかとカリフラワー、なるほどよく合うし
よくぞ見つけた、と関心はするし、実際にうまかった。
ただ、皮肉な見方をすると、それで?と、
実際に食べた感動とは別に、引いてみてみると、
思ってしまうところも、正直なくはないのである。

いかの最もうまい食い方は?と聞かれれば、日本人なら
様々なものを思い浮かべることができる。
わさびじょうゆで刺身、いかの種類にもよるが、
にぎりの鮨。焼いたのものならしょうゆをかけけるだけが
そうとうにうまいし、または、はらわたと一緒に焼いたのも
うまい。半生に揚げた天ぷらだって忘れてはいけない。
加工品ならば、塩辛だってうまいし、沖漬けなど
ばかうま、で、、などなど、次から次へと出てくる。

いかは日本人は様々な調理法で食べ慣れているので
公平を期すためフランス人に食べさせなければいけなかろう。
それで、どちらがうまいか、決めてもらわねば。

一つの料理に使う素材の組み合わせというのは、基本は
なん年もなん年もかかって様々な料理人が切磋琢磨しながら
付け加え、また淘汰され出来上がってきたものである。
これは日本でもフランスでも同じであろう。

出来上がっている料理以上にうまい組み合わせを
発見することは実際に至難の業であろう。

では、いかとカリフラワーの組み合わせというのが、
いかの既存の食べ方と比べて秀でてうまいのか。
同じくらいならば、御の字、なのか。
新しさや、意外性がある分、フランスにおいては
佐藤シェフの勝ちなのか。

なにかのインタビューで、佐藤シェフは「日本で店をやらない
のですか」という問いに「日本料理には勝てない」から
フランスでやります、という趣旨のことを言っていたのを
読んだ。

もしかすると、そういうことなのかもしれない。

ともあれ。

理屈をこねてしまったが、ロブションやデュカスと
肩を並べる二年での二つ星獲得の佐藤シェフのキャリアは
伊達ではない。
同じ日本人として大いなる誇りである。
おそらく今後、キャリアを重ね、
もっと大きな存在になるのであろう。
いや、是非ともなっていただきたい。

そして、また、パリにきてシェフの料理を
食べさせていただきたい。
心からそう思う次第である。





つづく。




 

 

 


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