断腸亭料理日記2013
12月11日(水)夜
今日も栃木から帰宅。
ちょっと早いので、今日は北千住で乗り換えて一駅。
南千住で降りた。
目的は、久方ぶりにうなぎや[尾花]へ行ってみることにした。
[尾花]はむろん一般にも名の知れた店であるが、私は都内のうなぎやでは
麻布の[野田岩]と神田明神下[神田川]と合わせて、
どこも甲乙つけがたい三本指であると思っている。
今年、私はうなぎやへ行くのを控えていた。
別段私が控えただけで世の中の大勢に影響はないのだが、
資源の枯渇を考えて、なんとなく足が遠のいていた
のである。
稚魚の不漁で値が上がって、蒲焼の値段も高騰しているが
それ以上に、絶滅危惧種食べてしまってよいものなのかどうなのか。
考えてしまったのではある。
ただ、実際にうなぎやさんはじめ、うなぎに関わっている
皆さんにとっては商売であり、人々がうなぎを食べなければ
生活が立ち行かぬこともまた事実であろう。
ただ、マグロなども同様なのだが、あるだけ食べてしまうという姿勢は
少し改めた方がよいのではないかと、私は考えている。
ともあれ。
久しぶりの[尾花]。
この時期のウイークデーであればすいているであろう
というのも一つ、で、ある。
もう一つは、この時期は実際には冬を前にして脂がのってうなぎが
うまい時期、なのである。
南千住駅。
今日は、日比谷線の南口から出てくる。
南口を出ると、旧奥州街道というのか、
小塚原の通りに出てきて、尾花には少し近い。
通りを渡り、JRの土手と小塚原回向院の間の
道を入る。
土手沿いに歩くと右側に板塀の[尾花]が見えてくる。
木の門を入ると右側に赤い幟の立ったお稲荷さん。
玉砂利を踏んで玄関へ。
紺地に白抜きの大きな暖簾。
6時前、縁台が外に出ているが待っている人はいない。
硝子戸を開けて入る。
下足にはお姐さん。
一人、といって、靴を脱ぎ、下足の札をもらって上がる。
上がったところにも硝子戸。
これも開けると、中は暖かい。
正面奥の神棚下を通って、右手奥窓際の角のお膳に案内される。
まだ少し早いのかお客は5〜6割の入り。
まあ、この時期はこんなものか。
コートを脱いで座布団にどっかりと胡坐(あぐら)をかく。
お姐さんが待っているので、注文をしてしまう。
お酒お燗と、待っている間の肴は、鯉の洗い。
うな重は、4500円の安い方。
(ここも値は上がっているか。)
角を背にして座ると店全体が見渡せる。
二十畳以上もあろうか、広い入れ込みの座敷。
その向こうは板場。
白い上っ張りを着た料理人達が忙しく立ち働いている。
座敷には赤い塗りのお膳がずらっと並んで、めいめいに
わいわいと話し、食べている人は食べ、呑んでいる人は呑んでいる。
この雰囲気がまた、よい。
鯉の洗いは、むろん夏のもので今の季節のものではないが、
ここへくると、真冬でもうな重を待つ間の酒の肴に頼んでしまう。
ここは、お客の注文があってから、蒲焼の調理にかかるので
小一時間は待つ。
落語にも出てくるが、以前の東京のうなぎやはすべて
こうであった。
店前にうなぎの生簀があって、お客は店に上がる前に、
生簀で、こいつを料理してくれ、と、頼んでもいた。
それで、うなぎやは待つもの、と決まっており、
明神下[神田川]の押入れには、碁盤や将棋盤が置いてあった。
ちなみに、明神下も今でも、お客がきてからうなぎを裂く。
洗いがきた。
酢味噌だが赤味噌。
これもうまい。
鯉の洗いをつまみながら、燗酒。
今日は鬼平を読みながら、じっくりと、待つ。
この待っている時間がまたよい、のである。
以前に『尾花の時間』などといった文章を書いたことがあるが、
現代の東京人がなくしてしまった、江戸人の時間。
うまいうなぎを待つだけの、夢のような時間。
そんな風にもいえるかもしれない。
この時間を贅沢といわずして、なんであろうか。
お銚子をもう一合。
ゆっくりと呑む。
しばしあって、お姐さんが、お新香を持ってきて、
もうすぐお重ですよと、声を掛けていく。
すいていたせいか、いつもより心持はやかったか。
そして、きた!。
ふたを取る。
つやつやと光った蒲焼の美しい姿を眺めながら
かぐわしい香りをかぎ、おもむろに山椒の入った瓢箪を
取って、よいかおりの山椒を蒲焼の表面に散らす。
この時間もたまらない。
うまいうな重を口に入れる前の、かけがえのない儀式。
そして、お重を持って、左の端へ箸を入れ、蒲焼とご飯を
一緒に取り、口に入れる。
まさに、幸せの瞬間。
からめのたれ。
蒲焼はふっくら。
飯は、堅め。
こんな幸せを与えてくれる、うなぎをなくしてはいけない。
絶対に。
うな重だけでなく、この広い座敷。南千住のJR土手下という
立地まで含めた[尾花]全体。
まさに、東京食文化の宝。
重要無形文化財に値するものである。
03-3801-4670
荒川区南千住5丁目33−1
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