断腸亭料理日記2009
今日は昨日のつづき。
深川森下のさくら鍋の、みの家。
みの家というのは、昨日も書いたが、
東京の下町のさくら鍋や、とすれば、吉原大門前の中江と
並んで、名が知られたところ、で、あろう。
大江戸線に乗っていると、
「森下〜、さくら鍋の、みの家前。」と、アナウンスされる。
聞いたことのある方も多いかもしれない。
どうでもよいが、この駅名と一緒にアナウンスされるのは、
都バスのようでおもしろい。東京メトロなどでは、駅名そのもの
になっている、三越前。その他にもあったろうか。
(日本橋で高島屋、をいってたっけ?)
大江戸線は都バス路線の置き換えの部分も多く、
こういう店の名前を駅名と共にアナウンスするところが
他にもある。私が覚えているのは、東新宿の日清食品。
「東新宿、チキンラーメンの日清食品前」で、あったか。
これはバスの頃から引続いて、駅付近の企業や店舗が
宣伝費を払っているのだろう。だが、こういうアナウンスを聞くと、
なんとなく、ローカル感があって、うれしくなる。
特に、森下、みの家前〜、は、秀逸だろう。
今の時代、そんなに皆、馬肉を食べないであろうし
また、みの家は森下を圧倒的に代表している飲食店でもなかろうし、、
なのだが、やっぱり、このアナウンスを聞くとホッとする。
閑話休題。
座ると、品書きと、玉子がきて、注文。
瓶ビールをもらって、さくら鍋。
さくら鍋は、普通のものと、他に、ひれ、ロースがある。
一先ず、ノーマルなものを二人前。
それから、たたき、をもらってみる。
店の名前の入った、年季の入っていそうな、
銅の小ぶりの浅い鍋。
これにさくら肉が薄く盛られ、真ん中に、赤みの濃い味噌が
置かれ、隣には脂身。
もう一皿。この店では、ざく、と呼んでいるが、
白滝と、例の千寿葱、水で戻してある、麩。
いたってシンプル。
(“ざく”は板前の符丁かもしれない。
鍋料理に入れる野菜など添え物のことをいうようである。
ザクザク切った、野菜、だからか。)
お姐さんが火をつけてくれて、
「肉はすぐに煮えますから、煮えたら味噌を溶いて」と
いっていく。
なるほど、すぐに色が変わる。
硬くなるのか?
以前、ここから、さほど遠くもない、
両国のももんじやで、猪鍋を食べたことがあるが、猪肉というのは、
反対に、よく火を通した方が、柔らかくなる。
色が変わって、いわれた通り、味噌を溶き、
硬くなっては、と、大急ぎで、玉子をくぐらせて、
食べてみる。
さくら肉、と、いうと、どうであろうか、
鍋を食べたのは、初めてだが、今までの経験では、
やはり、九州などで、刺身、馬刺しの記憶が大方のように思う。
にんにくのしょうゆなどで、食べるので、肉そのものの
味というのはきちんと覚えてはいないが、意外に
淡泊だったのでは、なかろうか。
味噌は、獣くささを緩和するためであったのか。
だが、肉そのものの味は、火を通しても
くさみのようなものは、感じない。
たたき。
これも、味とすれば、豚よりは牛に近いのだろうが、
やっぱり、淡泊ではなかろうか。
鍋をつついていると、煮詰まってくるので、
割り下を足す。ここの割り下は、味の濃いものと、
出汁だけなのか、薄いものと二種類置いてある。
鍋の状態、味の好みで、調整ができる。
時間がたってくると、添えてある脂身も溶けてくるのだろう、
この脂と相まって、味噌だれのうまさが際立ってくる。
このあたりが、ここのさくら鍋のポイントなのかもしれない。
千寿葱。これは、確かにうまいねぎ、なのだが、
やっぱり、普通のよい長ねぎ、で、それ以上でも
以下でもなかろう。
追加で、焼豆腐と、ロースも頼んでみる。
最初の肉が、どこの部分なのか、わからぬが、
ロースといって、よくよく違いがわかるほどでは、ない。
玉子に、ドボッとつける内儀(かみ)さんなどは、
既になくなり、玉子もお代わり。
焼豆腐も味噌の味をよく染み込ませて、食べると、
これがまた、うまい。
あいた皿にも、この店の、桜になべ、の、マーク。※
飯をもらって、煮詰まったこの味噌だれを
残った玉子とともに、ぶっ掛けて、
食べたい衝動にかられるが、既に焼豆腐も、お代わりの
肉も食べて腹一杯、思い留まる。
うまかった、うまかった。
お茶ももらって、
勘定は座敷で現金、
二人で、〆て、8000円ほど。
下足札を持ち、立って、玄関へ。
見ると玄関の脇に、縄で縛った、きれいなねぎが
立てて置かれている。
これが、千寿葱でございます、ということか。
お客さんもここは、気取らない、どちらかといえば、
やっぱり下町の匂いのする人が多いようである。
深川森下、さくら鍋みの家。
またこよう。
※この、ナ、は、奈良の、奈、を、くずした、変体仮名の、ナ、
で、ある。変体仮名は、今でも、老舗和食や、などでよく見る。
例えば、蕎麦やの看板にある、きそば、のバ、は、者、という字の
くずした文字に、濁点を打っている。
(さらに余談だが、『者』、は、普通は、もの、あるいは、シャ、と読むが、
は、と読ますのは、元来は漢文訓読の用法からきている。
漢文で『者』は主格や、時間に表す語に付ける助字とする用法があり、
漢文を訓読する際に、『者』を、『は』、と読んだ。
ex.『教化者国家之急務也』(資治通鑑)は
『教化は、国家の急務なり。』と訓読する。
と、そもそもは、そういうことだと思うのだが、こんなことがある。
江戸期のお触れ書き、などの公文書は、いわゆる漢文ではなく
漢文体で書かれていた。ここには、日本語の助詞「は」に「者」
を当てて書くのが普通になっていたようである。
参考:東京都公文書館
それで、町人でも字の読めるものは、「者」を「は」と読むことが
通例になっていたと思われる。)
また、神田藪蕎麦の看板は、かな、なのだが、やぶ、の、ブの字が、
婦人の婦の字をくずして濁点を打った字。
あるいは、浅草田原町の老舗うなぎや、
やっこ、のコ、は、古、くずしたもの。七を三つ書いて、キ、
と読ませるのも店名によくあるが、これは、喜をくずしたもので、
やはりこれも、変体仮名といってよいのだろう。
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