断腸亭料理日記2009
5月19日(火)夕
今日は、午後、柏。
やっぱり、TX、つくばエクスプレス、で、ある。
5時前に終わり、ちょっと早いが、今日は
これでおしまい、に、しようか。
実のところ、最初から予定の行動、
なのではある。
なにかというと、そろそろ季節もよい。
南千住の尾花、へ寄ろう、と。
早い時間であれば、並ぶこともあるまいし、
また、7時までに入らねば、あそこの蒲焼にはありつけない。
土日などは、もってのほかの行列、で、ある。
まだ明るい。
常磐線の土手下を歩く。
もう最近は、少し足早に歩くと、薄汗が出てくる。
尾花。
門から入り、右側にこの店の立派なお稲荷さん。
銀杏の大木が脇に立っている。
麻の大きな暖簾。
白地に黒々と尾花の文字が染めてある。
分けて、下足場へ入る。
靴を脱ぎ、札をもらい、上がる。
入れ込みの、大広間。
さすがにまだ、お客は、1/4ほどであろうか。
ここは、一人一人のお膳。
右奥から順にお客を座らせているようである。
奥から二列目、ちょうど窓際のお膳に案内された。
座ると、汗が噴き出る。
窓はガラスで、風が少し入るように、細く開けられている。
これを、大きく開ける。
よい風が入る。
気持がよい。
窓を開けると、ガタゴトと土手上を走る、
常磐線の音も頻繁に聞こえる。
これも、南千住の、この場所にある、
尾花らしいところ、かもしれない。
頼むものは、決まっている。
ビールと、鯉の洗い、それから、うな重。
うなぎの注文はこれだけでいいですね、と、
お姐さんに念を押される。
ここは、東京でも珍しい、注文が入ってから
料理にかかるやり方を続けている。
ご存じのように東京のうなぎの蒲焼は、うなぎを割いて、
蒸し、そして、焼く。
落語、素人うなぎ、などにも出てくるが、客はまず
うなぎやにくると、店の前にある生簀にいるうなぎを見る。
そして、これを割いてくれ、と、頼み、
ここから料理を始める。
従って、客は小一時間、待つことになる、のである。
この待っている間、お新香だので一杯やったり、
碁や、将棋などをしながら時間をつぶした。
も、いまだに、この客がきてから調理にかかるやり方を
続けており、この店の押入れには、碁盤と将棋盤がある。
客がきてから調理にかかるのと、既に拵えてあるものを
たれをつけて、焼く、現在の普通のうなぎやと、
どちらがうまいのか、ということではなく、
この、うなぎの焼けるのを、待つ時間、というのが
よい、のである。
(以前に、これを尾花の時間、として、書いた。
こういう昔のリズムで進む時間。
江戸から続き、今の東京にも残る、
都市のスローライフというような言い方もできよう。
これらが尾花の値打ち、というもの、で、ある。
まあ、そんなわけで、のんびりやろう。
ビールがきた。
新聞を広げて、読み始める。
鯉の洗いもきた。
この赤い濃い酢味噌は、赤と白を合わせた、
桜味噌、で、あろうか。うまい。
毎度書いているが、ここへくると、必ずこれを頼む。
鯉の洗い、というのは、なんだか不思議なもの、で、ある。
しかし、川魚の刺身、では最も名の知れたもの、で、あろう。
今は、清流で育てられ、泥臭さも少ないが、
海の魚と比べれば、くせのある刺身、で、ある。
だが、うまい。
これをうまい、と、思うようになったのは、
まあ、三十を超えてから、で、あったろう。
いや。そうそう、頻繁に食べていたわけではないが、
子供の頃から、好ましいもの、で、あったとは思う。
親父やら、爺さんやら、好物であったのだろう。
東京人、江戸人というと、江戸前の魚、海の魚、
というのが、好みのもの、と考えがちだが、どうしてどうして、
うなぎも、どぜうも、そしてこの鯉も、一般的な魚で
川魚も好まれていたのである。
鯉の洗いというのは、なにがうまいのか。
冷たく、ちょっと歯応えのある身。
ここのものは、少し厚めに切られているように思われ、
これがうまい。
ビールを呑みながら、一切れ、一切れ、ゆっくりと、
つまむ。
ここも、ご多分にもれず禁煙。
呑みながら、途中、一服をしに、玄関外までいったり、、。
きた。
肝吸いと、うな重、そしてお新香。
お重のふたを開けると、よい香りが立ち昇る。
いそいそと、山椒をふる。
そして、蒲焼とご飯に、一度にさくっと、箸を入れ、口入れる。
なにものにも代えがたい、幸せな一瞬。
食べ終わり、荷物をまとめ、下足札を持って、立つ。
帳場で勘定。
あたりは、まだ、薄明るい。
土手下を、南千住駅まで向かう。
そうそう。
蛇足だが、ここも、むろんのこと、
“下町のにおい”に満ちている店で、ある。
(まあ、私が書いているのは、ほとんどが、
“下町のにおい”、かもしれないが。)
尾花
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