断腸亭料理日記2009
1月10日(土)夜
台東区で唯一、09年のミシュランの一(ひとつ)星になった、
浅草観音裏の鮨や、一新。
昨日は、つまみ、まで。
切れ目で、煙草を吸いに、外へ出る。
ここは禁煙。
外は裏通り、人通りもなく、そうとうに、風が強い。
一本吸う間に、耳やら、指やら、すっかり冷えてしまったが、
呑みすぎを制御するにはよい。
昨日も書いたが、ここはご主人一人で、
一品一品のインターバルが長いので、ついつい、酒ばかり呑んでしまう。
さて、にぎり。
にぎり、小肌、から。
江戸前にぎりの中でも、小肌、というのは、
最もうつくしい、のではなかろうか。
小さいものなら、二匹つけたり、切れ目を入れた身を
ひねったり、握り方にも色々あるようだが、
皮目の、銀色と黒の細かい三角の模様がうつくしい、のである。
うまい。
平目。
刺身でも出たが、今度は昆布〆、とのこと。
昆布〆にすると、ねっとりとし、あまみと香りが加わる。
これもうまい。
次、すみいか。
これも入れられた、包丁目が、きれい、で、ある。
肉厚でうまい。
煮はま。
煮蛤、で、ある。
これも江戸前ねた。
うまい。
まぐろ、赤身。
北海道は、戸井、とのこと。
戸井は、まぐろでは有名な下北半島の大間の、
北海道側のちょうど対岸。
同じく、まぐろ、中トロ。
海老。
さいまき海老。
ご主人は、マキ、と、呼んでいる。
一般に小さめの車海老のことを、さいまき海老、と、いう。
これは、ここの看板といってよいだろう。
にぎる時間に合わせて茹でて、しばらくざるにのせて
見えるところに置いておく。
ある程度、冷めたところでむいて、にぎる。
尻尾の先や、頭側のわずかな身も使い、
にぎり、長いからだろうか、包丁でトーンと、半分に切ってから、
出す。
毎度書いているが、鮨やで、海老にこれだけ
力を入れているところも、そう多くはないだろう。
海老、といえば、出前の鮨などには、必ず入っているが
パサパサとし、まずくはないが、決して
べら棒に、うまい、というものでもない。
どこの鮨やの職人も、そんなもの、と、思っているのか。
あるいは、その都度、茹でなければならず、面倒だからか。
うまければ、皆、それをやればよさそうだが、
それをやっても、知れている?、だれも驚かない?
そんなところであろうか。
そうした常識を見事にくつがえしている海老、で、あろう。
みずみずしく、滋味、が、ある。
穴子。
ここも、香り付けに熊笹で炙って握る。
最後は、海苔巻。
江戸前鮨の〆は、かんぴょう巻き、で、ある。
海苔がうまい。
以上で、終了。
つまみから始まって、気が付いたら、10時前。
都合、3時間、で、ある。
だらだら、呑んでの、3時間ではない。
ご主人が手を動かしているのを見ながらの、
濃密な3時間は飽きることがない。
ここのご主人は、とにかく丁寧な仕事が身上
といってよかろう。
きちんとした、江戸前鮨の仕事、
その上、きちんとした、和食の料理を、裏方はお姐さん一人だけ
ほぼ一人で、満席の10人超をこなしている。
普通であれば、助手のような、若い衆を置くとか、
あるいは、お客の数を絞るとか、しそうなものである。
(以前に一度だけ、手伝いのような若い衆を見たこともあったが、
傍目にもなんとなく、ぎこちなく見え、
その後は一人を続けているようである。)
助っ人も置かず、客数も絞らず、というのは、
考えがあっての、ことなのか。
まあ、スタイル、ということなのかもしれない。
ミシュランに載ったことについて、ご主人は
別に、変わりませんよ、という。
いつもやっていることを、やっていくだけです、、
というようなことを言外に感じた。
別段、なにか衒(てら)いのようなものはない。
人柄ということだと思う。
結局、鮨でもなんでもそうだと思うが、
食いものというものはシェフだったり、板さんだったり、
作る人の人柄に行きついてしまうのだと思う。
ご主人の場合、真摯である、ということのように見える。
さて。
長く、この日記を読んでいただいている方は、
お気付きかも知れぬが、昨年あたりから、
私の鮨というものに対する認識が
少し変わってきている。
一般に、鮨は、魚の産地、ブランドというものが
一つの、売り、になり、その店の評価の基準にも
なっているのだと思われる。
まぐろだったら、大間、鯖ならば松輪、
たこならば佐島、などなどを出す店というように。
(余談だが、ブランドの弊害というものもある。
一つは、どこどこ産であれば、無条件でうまかろう、と
考えるお客や消費者。実際に自分の舌ではなく、
ブランドで判断をしてしまっている、という面。
ブランド人気が高まり、本来の品質以上に、
プレミアムの価格が付くこと。
また人気が出れば、魚の枯渇、ということも
すぐに出てくる。これらは、もはや世界的な問題でもあろう。
本当に、ブランド化がよいことなのか。
ブランドを追うことがよいことなのか。
むろん、私自身の反省も含めて、
今、考える必要があると思うのだが、
ここではその話ではない。)
魚の品質(ブランド)は、鮨の味、うまさ、を決める
重要な要素ではあるのだと思う。
しかし、江戸前鮨(広くにぎり鮨という意味で)ということを
考えると、最上の品質の種を使うのはもちろんだが、
それだけではなく、その職人のほどこす“仕事”というものを
忘れてはいけない。
煮る、〆る、漬ける、などなど、“仕事をする”のが、
江戸前鮨の伝統であった。
しかし、戦後、冷蔵冷凍流通が広まり、旧来の江戸前仕事は
姿を変えていった。しかし、それから、たかだか、30〜40年である。
前にも書いているが、今の生魚を使うにぎり鮨は、
旧江戸前鮨とは違う、生魚への最適、最上の“仕事”を必要としており、
その技は、まだまだ、旧江戸前鮨ほどには
完成されていないのだと思う。
一新のご主人の真摯な仕事ぶりは、
衒いなく、淡々と、今書いたような、
今の、最上の仕事をしようとしているように
私には見えるのである。
そして、先に書いたように、人柄。
衒いなく、淡々と、の、部分。
こだわってますよ、を、ひけらかすわけでもなく。
気が向かなければ、喋らないというような、
いわゆる、頑固鮨や、でもなく。
にこやかに、淡々と。
さらにもう一つ。
鮨やは客商売である。有名店となれば、まして、
ミシュランに載るということになれば、
この店にも、いろんな人がくる。
それも、淡々と。
落語、天災、に出てくる川柳を思い出してしまった。
気に入らぬ風もあろうに柳かな
様々な客を自然体で、さばく。
ご主人は、そんな感じ、で、あろうか。
(客にもこれは必要だなぁ〜。
隣で、酔っ払って騒いでいる客にも
この客と隣り合わせたのも、身の不幸。
天から降った災い、“天災”と思って、あきらめる、
と、いうことか。)
東京都台東区浅草4丁目11-3
03-5603-1108
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