断腸亭料理日記2009
12月19日(土)
毎年、暮れには、私の家では、内儀(かみ)さんとともに
年賀状書きに、箱根塔ノ沢の福住楼という明治から続く
老舗温泉旅館、へいっている。
もう10年ほどは続けているだろう。
まあ、年中行事といっていい。
忙しくしていると、こういう機会を作らないと
なかなか年賀状に取りかからない。
それで、毎年決めて、暮れの最終の土日、
あるいは、天皇誕生日にからめ、二泊で、で、ある。
今年は、曜日の関係で、月曜日一日、休みを取り、
19、20、21、で、ある。
二泊というのには、理由がある。
別段観光に行くわけではないので、昼間作業ができるように
というのが一つ。
そしてもう一つは、ちゃんとした日本旅館に昼間居る、というのは
とてもよい、ということに気が付いたからである。
一泊で朝飯を食べて、あわただしく出ていくのでは
日本旅館の愉しみの半分をなくしてしまっている。
朝のんびり起きて、風呂に入り、飯を食い、くつろぎ、作業。
昼すぎに、ちょいと、いってきま〜す、
と、宿の人へいって、出かけ、湯元だったり、
宮ノ下の富士屋ホテルだったりで昼飯を食い、2時か、
3時ごろ、ぶらぶらと帰ってくる。
作業をして、終わると、夕飯前に風呂に入り、ビール。
なんという。
福住楼は、文人、文化人にも縁が深い。
作家先生が、旅館に籠って、作品を仕上げる、というのは
昔からよく聞く話、ではある。
実際に、ここに滞在して、書かれたものも多い。
いや、そうした、文人でなくとも、湯治、というのでもなかろうが、
昔、(江戸、明治くらいまでか)、は、普通の人でも
温泉宿に一泊だけ、というのは、少なかろう。
ちゃんと、そういう客には、そういう対応をそれこそ、
箱根の老舗旅館などではしてきたし、今でも、なにかと
配慮をしてくれる。
本当は、一週間でも同じところにいて、ぶらぶらしていたい
ものだが、さすがにそうはいかない。
で、二泊。年賀状書きを兼ねて、暮れの忙しさの中、
一年の骨休めに出かける、のである。
(別荘を持つよりも、よっぽど気楽でよい。)
土曜、午前中に年賀状を作り(毎年、家はカラーコピー、で、ある。)。
二時ごろ、車で出て、四時前に到着。
福住楼のある塔ノ沢は、早川沿いに登った、
湯本から一つ目。
塔ノ沢には、もう一軒、歴史のある宿がある。
こちらは、環翠楼、と、いう。
前にも書いたが、天璋院篤姫の定宿でもあり、
皇女和宮などは、ここで亡くなっている。
また、環翠楼という名前は伊藤博文がつけた、
ともいう。いわばこちらは、政治家やら、かための
人々のご贔屓。
これに対して、福住楼は、文人、芸人、芸能人。
私は、環翠楼には泊まったことはないが、
なんとなく、これが福住楼を贔屓にしている
理由でもある。
着いて、部屋へ。
今年は、桜の一番。
ここは、早川沿いか、そうでないかを選べる。
むろん川沿いの方がよい。
桜の一番というのは、一昨年、泊ったように思われる。
早川沿いで、次の間付き、玄関と風呂につながっている
大廊下の突き当たりすぐのところ。
二方が窓で早川が見える。
座って、ふー、疲れた、と、ビール。
毎年書いているが、ここは、国指定の有形文化財、で、ある。
数寄屋風の部屋やらの調度が、すばらしい。
むろん、明治から昭和初期、戦前と、古いものなので、
ピカピカなものではないが、趣向を凝らした、欄間や
床の間、襖の意匠、どれをとっても、現代ではとても
造れないであろうというもの。
(まあ、趣味の問題だが、流行りの新和風などより
どれほどよいか、と、私は思う。)
これは、便所にある水を貯めている銅の細工ものの手洗い
なのであるが、立派なもの、で、ある。
風呂へ。
今日はさほど混んでいないよう。
誰もいない。
福住楼自慢の、銅の丸い風呂。
手足を伸ばして、のんびり。
あがって、夕飯まで、転寝(うたたね)。
六時半、夕飯。
献立が出たので、書いてみる。
「師走
先附:鱈白子 ぽん酢 ジュレ 紅葉おろし
酒菜:旬の珍味 三種盛り
造り:その日に旬の魚
(平目、鯛、鰤、さざえ)
コンロ:名物鯵つみれ 野菜各種
中皿:鱈場蟹(たらばがに)
焼物:鰤照焼 杏甘露煮 蕪阿茶羅漬
揚物:ふぐ竜田揚げ 青唐 巣立(すだち)
蒸し物:鯛蕪蒸し
飯: 止椀 赤出汁 なめこ 豆腐
香の物 三種盛り
水菓子:季節の果物」
手前が、白子。
ぽん酢をゼリーにしてある。
向う側、ふぐの皮の煮凝り、たらこの煮たの、
まぐろの山かけ。
刺身と焼き蟹。
鯵のつみれ鍋。
お約束の旅館の小鍋、で、あるが、
つみれを自分で作らせる趣向は、おもしろい。
鰤照焼と杏と蕪。
阿茶羅漬、と、書いてあったが、花模様に切って、
甘酢に漬けたもの、で、ある。
(阿茶羅漬とはなにか調べてみたら、
ポルトガル語のachar=野菜・果物の漬物、に
由来するらしい。大根や蕪の唐辛子を入れた、
甘酢漬けなのだが、こういうものとして、日本料理に
あるようだ。)
ふぐ竜田揚げ
揚げたてを運んでくれたが、ほかほか、
さくさくで、うまい。
鯛蕪蒸し、と書いてあったが、
蕪はよくあるような、裏ごして、
団子にしたものではなく、そのままであった。
満足。
うまかった。
明日もつづく。
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