断腸亭料理日記2008
10月30日(木)夜
今日は、外出先から直帰。
まだ明るい。
18時前だが、たまにはいいであろう。
上野御徒町まで戻ってきた。
この時間で、ここだと、、。
やっぱり、池の端藪蕎麦、で、あろう。
ここは、夜は8時まで。
やはりウイークデーは、こんな時でなければ、
そうそうこれない。
最近はいつきたのであったか。
日記を見直してみると、7月。
もっと最近もきているような気もするのだが、
そんなものであったか。
裏通りからではなく、今日は、なんとなく、表から。
広小路を真っ直ぐに、鈴本、酒悦の前を通り、
池之端仲通りに入る。
早いせいか、人通りも多少少ない。
池の端藪到着。
格子を開けて入る。
まだテーブル席に数組の先客があるだけ。
「お好きなお席にどうぞ〜」
と、お姐さん。
ここで、最も好きなところは座敷の一番表寄り。
壁を背にして座ると、左側に小窓があり、
店の前に作られた、苔のついた石やらの
ちょっとした植え込みが見える。
ささやかなものなのだが、落ち着ける。
座り、まずは、お酒、お燗で。
そんな気候になってきた。
さてさて、つまみは?
品書きを見てみる。
かくや、が、ある。
こんなの、前からあっただろうか。
品書きに入れたのは、最近ではなかろうか。
かくや、というのは、漬物なのだが、
ご存じの方はどのくらいあるだろうか。
かくや漬け、といういい方が、正確なのか。
かくや、は、ぬか漬けが漬かりすぎて、古漬け、となり、
酸っぱくなってしまったものの食べ方。
古漬けを細かく切って、水洗いし、
硬く絞り、生姜の千切り、削り節なんぞを混ぜ、
しょうゆをかける。
胡麻をふってもよい。
ちょいと、その、うまいものである。
なぜ、私がこんなもを、知っているのか。
これは、落語である。
酢豆腐、という噺。
(ちなみに、酢豆腐を聞くなら、やっぱり、文楽、がよい。)
落語ファンの方であれば、酢豆腐は知っている方も多いと思うが、
そんなものがどこに出てきたか、と思われるかもしれない。
呑みたいが、つまみがない。
なんかないか、なんかないか、といっている。
「台所の上げ板をを上げてみろ、ぬか漬けの樽があるだろ。
古漬けの一つくらい入っているもんだ。
細かく刻んで、水で絞って、かくやのこうこ、って、
おつなもんだ。」
というセリフがあったのである。
以前に、私も、ぬか漬けを漬けていたことがあったが
不精をすると、やはり、すぐに漬かりすぎてしまう。
それで、この酢豆腐から、かくやのこうこ、を
よくやっていたのである。
落語というのは、こういう副次効果、も、あるのである。
江戸、東京の庶民の生活文化が語られている。
ともあれ、頼んでみよう。
こうこ、だけでは、さびしいから、
やっぱり、天ぬきももらおうか。
酒と一緒に、かくや、も、きた。
あら。
古漬けではなく、小奇麗に、たくあんの千切り。
まあ、そうであろう。
あれは、古漬けだから、うまい、のであるが、
まさか、池の端藪で古漬けのかくや、は、出せまい。
つまみながら、呑む。
よい塩梅の、ぬる燗で、ある。
天ぬきもきた。
天ぬき、というのは、天ぷらそばのそば抜き。
つまり、つゆに天ぷらだけ入ったもの。
これをつまみにして、酒を呑む。
ここは、鶏の巣のような細かい衣が盛り上がった、
芝海老のかき揚げ以外に、蒲鉾などもはいった、すまし汁。
浅草の並木藪は、甘辛のそばつゆに、
同じかき揚げが浮いている。
天ぷらそばのそば抜き、というので、あれば、
汁はそばつゆの方が、正しいのか。
正しいかどうかは、ともかく、どちらもうまいが、
まあ、すまし汁の方が、上品。
池の端藪らしい、というべきであろう。
レンゲですくいながら、食い、つゆも飲み、
酒を呑む。
これが、うまい。
熱いつゆを飲んでいると、薄汗も出てくる。
さて、そばは、やっぱり、ざる。
さるそばを一枚頼む。
きた。
そば猪口に徳利からつゆを入れ、ねぎを少し、つゆに入れる。
箸先でわさびを少しつまみ、そのままそばを取り、
つゆにちょいとつけて、手繰(たぐ)り込む。
うまい。
どんどんと、一気に食べる。
あー。
うまかった。
座ったまま、勘定。
立って、靴を履こうとすると、
靴が揃えられ、靴ベラが使いやすい位置に
置かれている。
いつもこうであったか、憶えていないが、
こういうところが、老舗の心遣い、というものであろう。
靴を揃えるまではあたりまえかもしれぬが、
靴ベラまでは、なかなかするところは、今、
ないと思われる。
「ありがとうございまぁ〜す」
の、声に送られ、気分よく、出る。
帰りは、裏路地を通って、上野御徒町まで。
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