断腸亭料理日記2008

そば・神田・まつや

4月9日(水)夜

今日は、大久保の出先から、直帰。

総武線に乗りながら、少し早いので、
どこかでちょいと、一杯、などど考える。

せっかく早いのであるから、このまま、お茶の水までいって、
須田町のそばや、まつや、は、どうであろうか。

少し時間が遅くなると、座ることもできないほど、
混んでしまう。

お茶の水駅で降りて、聖橋口。
本郷通りを下り、右にニコライ堂。
向こう側に渡って、斜めに下る、新坂。

外濠通りに出る。
渡って、須田町、旧連雀町。

路地を入ると、左側に洋食の松栄亭。
さらに、次を右に曲がると、もう靖国通り。
左側が、まつや、である。
実は、お茶の水駅から歩いても、すぐ、なのである。

並んでいる人はいない。

右側の入口、暖簾をくぐって、入る。

空いている席はあるが、八割方、埋まっている。
さすがなもの、で、ある。

むろんのこと、相席で座る。

まずは、酒、お燗を頼む。

品書きを見ながら、つまみはなににしようか、考える。

焼き鳥、というのがあった。

考えてみれば、ここでは、そばだけで、
呑んだことはなかったのかもしれない。

そばやで、焼き鳥、というのは、珍しいかもしれない。
頼んでみようか。

考えている間に、酒がきた。


ここは、酒だけだと、お盆はなし。

黒い塗りの机に真白(まっしろ)な銚子、真白な猪口。
そばみそ。

真白の銚子と、真白の猪口というのは、
やはり、よいものである。

最近読んだ、池波先生のエッセイにこんなのがあった。


「江戸風味の酒の肴」というタイトルの短いものである。


江戸風の肴とは

『 ともかくも、さっぱりと手早く調理をして
 出す。これを味わう方も「待ってました」とばかりに箸をつける。
  だらだらとのみ、長々と食べていたのでは、これまた
 江戸前の魚介が泣いてしまうことになる。』

と、書かれている。

そして、酒器について、

『 徳利も盃も白一色のがよい。民芸風の厚ぼったい器物では、
 江戸前の肴が死んでしまう。』

(池波正太郎著「チキンライスと旅の空」朝日文庫)


やはり、白一色。

実のところ、これは初めて読んだエッセイである。
真似をしていたわけではなかったのだが、
深く頷いてしまった。
(さっと食って、さっと帰る、のも同様である。)

なぜ白一色がよいのか?と聞かれても、いま一つ、
きちんと説明することはできない。
しかし、あえて表現してみると、白一色の酒器は、
なにか、気持ちがよいのである。

焼き鳥、が、きた。


焼きねぎがあり、レモンのスライスと、パセリ、
そして、溶き辛子が添えられている。

レモンとパセリというのは、庶民派、神田まつや、
たるところかもしれない。

酒をもう一本もらう。

つまみながら、呑みながら、まわりのお客を
見るともなく、見る。

二人で並んで、肩を寄せ合うようにして、
天ぷらそばを静かに食べる、老夫婦。

それから、正面に相席で座った、
ごま塩頭の作業着を着たお爺さん。
なにかの職人さんであろうか。
一人で入ってきて、天もりを頼んで、さっと食べて、
さっと、帰っていく。

まつやには、いろんなお客がくる。

さて、そば、で、ある。

これは決めていた。
カレー南ばん。

再び、先のエッセイ集の「蕎麦」という項。
ここ、“まつや”について書かれている。
カレー南ばんが、うまい、とは書いてないのだが、

『 手打ちのもりもかけも、むろん、うまいけれど、
 カレー南ばんもあれば、カレー丼も玉子丼もある。
  丼ものがうまいのは、米がうまい。炊き方がうまいからだ。』

(前出)

という一文が、妙に頭に残っていたからであった。

カレー南ばん。


肉は脂のない鶏肉。

どちらかといえば、さっぱりとした、
東京の一般的な、カレー南ばん、であろう。

うまかった。

席で勘定をして、店を出る。



神田まつや、よいそばや、である。




神田・まつや




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