断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その11 円生・松葉屋瀬川

引き続き、円生師「松葉屋瀬川」。
いよいよ佳境。

もうどのくらいの時刻なのかわからない頃。
忠蔵も善次郎も寝てしまっていた。

駕籠が着き、ピシャ、ピシャ、ピシャッ、と戻っていく。
雨。
刀を差した武士らしい頭巾をかぶった者がスーッと入ってきた。
(そうであった。最初の時代設定のところで、武士は出てこない
と書いてしまっていた。)

差していた大小を鞘ぐるみそれへ。

合羽を脱ぎますと、下は燃え立つような緋縮緬(ひぢりめん)の
長襦袢(ながじゅばん)。頭巾を取ります。
洗い髪、簪(かんざし)ですが、玉の大きなやつにやけに髪を
クルクルっと巻き付けて、スッと立っている姿。そのきれいなこと、
と、いったら。

忠「あ、いらっしゃいまし」
 「忠蔵さんは主(ぬし)ざますか?」
忠「さいでございます。確かに忠蔵でございます。逆さにいえばゾウ
  チュウでございます」
 「主のところに、善さんがいなますか?」
忠「えぇ、えぇ、ッ、イナマス、イナマス。二階にいなまします。」

若旦那も話し声に気が付いた。
 「あ、花魁だ!」

身を乗り出したとたんに、ガラガラガラ、っと二階からもろに
落っこった。

善「あー、あ、痛い」
瀬「会いたいのは、主ばかりではありんせん。わちきも会いとう
  ござんした」

二人の者は暫時取りすがって泣いた。

これは吾朝が手配をして廓を抜けさせたもの。

翌日、店(善次郎の実家[下総屋])へ行って話をしてみると、いい
塩梅というか、お父ッつぁんが大病。
そこへ詫びごとでございますから、一も二もなく承諾をいたします。
家へ帰れば、金はふんだんでございますから[松葉屋]の方には
ちゃんと瀬川の身代金を払いまして、仲人を立て、目出度く夫婦に
なったという。
傾城瀬川の実意でございました。

これも下げはない。

通しで1時間22分。
人情噺といってよいだろう。

「落語の鑑賞201」(延広真治編)によれば講談、大岡政談の
「煙草屋喜八」というのが元という。これは1852年(嘉永5年)江戸
市村座の初演で歌舞伎にもなっているようなので、講談としては
もっと前からあったのであろう。
また、同書によれば、四代目桂文楽が「雪の瀬川」という題で演じた
速記が残っているよう。四代目桂文楽は天保9年(1838年)〜明治27年
(1894年)(同)とのこと。ほぼ円朝師と同じ世代。

一方、こんな情報もある。
京須偕充氏のTBS落語研究会でのコメントでは三代目麗々亭柳橋の作
であると。
さらに京須氏の言によれば、この速記から今回の円生師(6代目)は
憶えたという。京須氏は「円生百席」などを手掛けたソニーのプロ
デューサーだった方。三代目麗々亭柳橋というのは、文政9年(1826年)
〜明治27年(1894年)(「落語家の歴史」柳亭燕路)。ちょい上だが
ほぼ円朝同世代。この人は、幕末から明治の柳派の頭取と言われた
大物。

四代目文楽、三代目柳橋、どちらの速記も手元にないので、確認は
できないのだが、講談が元で、三代目柳橋が幕末から明治初めに落語化し、
これが元で四代目文楽も演っていたということになるのか。
(この二人、年代が近く、京須氏の混同という可能性はないだろうか。)

四代目文楽の「雪の瀬川」は後半部分に対しての題に使われることが
多いよう。
今、柳家さん喬師が演り、CDにもなっている。
さん喬師は通しで演るが題は「雪の瀬川」で、これはクライマックスの
瀬川が廓抜けをして忠蔵の家に駕籠でくる場面、雪で、それで「雪の瀬川」
なのである。

ひょっとすると、明治の頃既に、柳橋版と文楽版があって、文楽版が
雪にするということ、なのか、、、。

さん喬師のものももちろん、聞いている。技量というのを円生師と
比べてしまうのは、さすがに勝負にならないと思うが、雪の件は
場面演出として、雪でなくともなんら問題はないようには思う。
円生師の雨では「ピシャ、ピシャ、ピシャっと」駕籠がきて、去って
いく描写が実に効果的である。雨と夜の闇、そして、その後の瀬川の
真っ赤な長襦袢の鮮やかさ。

もしかすると、雪というのは、前記のように芝居になっており、
ビジュアル的な演出とすればでは、雪の方が断然ドラマチックで
あるのは、いうまでもない。その影響かもしれぬ。

さて。
この作品、いかがであろうか。
やっぱり、ハッピーエンド。
人情噺であるが、女郎の真。同じ吉原舞台の人情噺「紺屋高尾」よりも
私は好きである。

[紺屋高尾]は、紺屋の職人が3年必死に働いて貯めた金で会いたかった
高尾に会って、その真に高尾が心を動かされ、年が明けたら、嫁に
きた、というもの。

どちらも、そんなはずはないだろう、というストーリーではあるが、
なぜか私は[瀬川]の方がスッと入ってくるのである。
あまりに噺が長く、ここまできたら、ハッピーエンドで、と、願って
しまうのか、、、。

作品論のようなものをすれば[高尾]の方が、高尾の心を動かすのが
紺屋の職人、久蔵の真と因果関係がはっきりしている。
[瀬川]の方は、身の危険を冒してでも廓抜けをする瀬川の真は
わかるのだが、なぜそこまで善次郎に惚れこむまでになったのかは
まったく触れられていない。
構造をロジカルに考えると、[高尾]の方に軍配が上がるのか。

ただ[瀬川]の方は、そんなことはどちらでもよい、という作りとも
いえるのかもしれない。
私も男だし、落語の主な客は男で、男からすれば、ということなの
かもしれぬ。

さてさて、円生師の私の好きな、一席ものではなく長編三席
「御神酒徳利」「ちきり伊勢屋」「松葉屋瀬川」をあらすじ含めて
書いてきた。円朝作品でないのも共通点である。だが、どれも名作、
佳作で聞き応えがあると思う。
音があるので、是非皆さまには聞いていただきたい。
円生師の人物描写、会話芸としての技量は長くともピカイチ。
また、人(にん)であろう、理屈っぽい語り口が、私は好きである。

長いものは今あまり、演者もおらず、おそらくCDなどでも聞く人は
少ないのは確かであろう。

普通TVなどでは10分でも一席落語を演るとすれば長いかもしれぬ。
寄席も然り。個人の独演会などでは20分、30分はあるかもしれぬ。
だがまあ、それも枕込み、かもしれぬ。
ライブで聞くには、休みが入るとしても、現代人には集中力が
続かない、といえるのかもしれぬ。

まして、落語初心者の方に、例えばいきなり[瀬川]の前半、
どうでもいい若旦那のウンチクを延々と喋られたら、とても
聞いていられない、というようなことにもなるかもしれぬ。
聞き慣れたら、ということにもなろうか。

CD向きかもしれぬ。だが、やはり、この長編の伝統は落語の中に
残ってほしい。演者の皆さま、志らく師も、喬太郎師も、
もちろんできる方はなん人もあろう、是非演って後世に音を残して
いただけないだろうか。

 

つづく

 

 

 

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