断腸亭料理日記2019
三代目金馬師「藪入り」。
奉公に出ている子供が久方ぶりに家に帰ってくる噺。
“藪入り”というのは、商家などの奉公人が年に二回、
正月15日の小正月と7月15日のお盆に家に帰るために休みを
貰えるという習慣があった。
十歳程度で奉公に出され、年に二回しか休みがなかったというのは
今から考えれば、小さな子供にはかなり可哀そうなこと。
戦前、あるいは戦後しばらくは庶民では奉公という習慣、制度が
当たり前にあったわけだが私が思い出すのは三遊亭円朝、古今亭志ん生、
池波正太郎の三人。
円朝師は江戸末、志ん生師は明治、池波先生は昭和一桁、三人とも江戸・
東京だが時代は違う。共通するのは三人とも奉公に出され、すぐに
奉公先を逃げ出している。また三人ともまた別のところに奉公に出され、
逃げ出す(あるいは身体を壊すなど理由があって出る)を繰り返し
ている。落ち着くまでは転々とする。まあ、よくあることであった
のであろう。
金馬師は子供と親の小噺を混ぜて、比較的長い枕を振る。
奉公に出て、里心が付くといって、三年はこの藪入りにも帰して
貰えなかったと、金馬師は語る。
三年ほどたって、落ち着き、もう大丈夫だとなってから、という。
三年目に許しが出る。
子供もたのしみにしているが、これに輪をかけて親は待ち遠しい。
藪入りや なんにも言わず 泣き笑い
そんな句があった、と。
父「なーおっ母ぁ」
母「なんだい?」
父「野郎、よく辛抱したなー。」
母「ほんとだねー。奉公が辛いなんてんで、飛び出してはきやしないか
って、いー心配していたよ。」
父「うん。やっぱり、俺のガキだけあんなー。」
母「お前さんは、いいことがあると、俺のガキだ、俺のガキだ、って
わるいことがあると、おめーがわるい、おめーがわるい、って」
父「で、強情だよ。我慢強(づお)いところは俺に似てら。
明日きたら、温(あった)けぇ飯だよ。」
母「わかってますよ。お冷(しや)なんか食べさせっこありませんよ。」
父「納豆(なっと)買っといてやんなよ。」
母「そー、あの子、納豆が好きでしたね。」
父「うん。海苔を焼いといてな。
玉子炒っといてやんなよ。
汁粉食わしてやりてぇなぁ。
お供えくずしたろ、あいつ、下供えだけ?、
うん。米びつぃ入(へぇ)ってる?。
そいつー、こんがり焼いて汁粉食わしてやろう。
そいから。魚や行って、刺身ぃ中トロんとこ、二人前(めえ)
ばかりな。俺もご相伴にあずかるから。
それからー、軍鶏を皮付きと、モツ混じりで買っといてやんなよ。
うなぎが好きだったなぁ〜。
中串二人前ばかりよー。
くずしちゃってよー、飯とまぶすんだよ。
うなとと、って、喜んで食ったじゃねーか。
天ぷらってなぁなぁ〜。そこ行って食わねえと、うまかねえからなぁ〜。
揚げたてでねえとなぁ。
鮨も好きなんだけど、ツケ台の前ぇ立って、あれだこれだって
食うからうめえんだ。
そいつは食いに連れてこうじゃねーか。
あ、そいから、あいつは蓬莱豆(紅白の砂糖がけの豆菓子)が
好きだった。うんと買っといてやれ。
カステラとな。」
母「そんなに、食べさせりゃ、食傷してしまうよ!。」
父「なんでもいいから、うんと食わしてやれよ。」
母「食べずにいるわけじゃ、ありませんよ。」
父「食べずにいる、ってんじゃねえんだよ。
オメエ奉公しねえから、知らねえだろ?。
自分の好きなものが食えねえってんだよ。
これをおあがりったら、はい、ってそれより食えねえじゃねぇかよ。
子供の好きなもの知ってんのは、親たちだけだ。
だから、うんと食わしてやろう、ってんだ。
なーおっ母ぁ。」
母「少し、お寝なさいよ。
なーおっ母ぁ、なーおっ母ぁ、って」
金馬師のこの“間”、独特なのである。
「うんと食わしてやろう、ってんだ。」
と次の「なーおっ母ぁ。」には普通であれば、話が替わり、ひと呼吸
以上の間を開けるはずなのだが、これをまったく間を開けず続けている。
つまり畳みかける。ただ、これは早口ではなく、言い立てのような感じ
ではない、通常の速さ。どちらかと言えば、淡々とした調子。
この後もこの調子が続くのだが、これがこの噺のポイントであり、
また金馬師らしいところで、実に上手い。
父「いーじゃねーか、一晩くらい寝なくたって。
なん時だよ?。」
母「まだ、お前さん、二時ぐらいでしょ?!。」
父「昨日、今頃夜が明けたな。」
母「冗談いちゃぁいけないよー。」
父「明日がきたら、温けえ飯だよ。」
母「わかってますよー。」
父「湯ぃ連れてって、きれいにしたら、ほうぼう連れて歩こうと
思うんだ。」
母「あー、そうしてやって下さいな。」
父「うん。
赤坂の宮本さんとっからなぁ、大曲の梅嶋寄ってよー、本所の家行って、
浅草からよぉ、品川の松本さん、婆さん子煩悩だからなー。
喜ぶだろうと思うんだ。あすこまで行ったら品川の海を見せて
やりたいなー、広々としたところをよー。
羽田行って、穴守様お参りさしてやりてーなー。
あすこまで行くんだからなー、川崎の大師様、厄除けんなるからなー。
川崎ぃお参りさして、横浜、、たって別に見るとこぁねーなー。
野毛、伊勢佐木町の通りだからなぁー。
横須賀ぁも見るとこなくなっちゃった。
江の島、鎌倉ってぇといいけどもなぁー、夏でなきゃぁなぁーー。
冬は寒くっていけねえや。そのくれぃ入費(費用)掛けりゃー
もうちっと、先ぃ伸(の)せるよ。
静岡あたりぃ行ってなぁー。
浅間様(富士浅間神社か)、吐月峰(とげっぽう)※、久能山。
豊橋から豊川(稲荷)さんお参りさしてやりてーなー。本社だからなぁー。
んー、名古屋行って、金の鯱(しゃちほこ)見たら喜ぶだろーなー。
関西線乗って、伊勢の山田行って大神宮様(伊勢神宮)お参りさして
やりてーなー。内宮、外宮、神々しいところを見せてよー。
四国ぃ渡って、讃岐の金毘羅さんから京、大阪周ってよ〜。」
母「どこを連れて歩くつもりなの?。」
父「日本中、連れて歩くんだ。」
母「いつ?。」
父「明日一日で。」
母「なにを!?」
父「いや、歩けたら歩きてぇって話なんだよー。
なーおっ母ぁ。」
母「うるさいねー、この人はぁー。おっ母売りに来たようだね〜。
なーおっ母ぁ、なーおっ母ぁ、って。」
※吐月峰(とげっぽう)
静岡市西部の丸子町にある山の名。連歌師宗長が、ここの竹林の竹で
灰吹きを作り、吐月峰と名づけたところから。(デジタル大辞泉)
つづく
断腸亭料理日記トップ | 2004リスト1 | 2004リスト2 | 2004リスト3 | 2004リスト4 |2004 リスト5
|
2004 リスト6
|2004
リスト7 | 2004 リスト8 | 2004 リスト9 |2004 リスト10
|
2004
リスト11 | 2004 リスト12
|2005 リスト13 |2005 リスト14 | 2005
リスト15
2005
リスト16 | 2005 リスト17 |2005 リスト18 | 2005 リスト19 | 2005 リスト20
|
2005
リスト21 | 2006 1月 | 2006 2月| 2006 3月 | 2006 4月| 2006 5月| 2006
6月
2006 7月 |
2006 8月 | 2006 9月 | 2006 10月 | 2006 11月 | 2006
12月
2007 1月 | 2007 2月 | 2007 3月 | 2007 4月 | 2007 5月 | 2007 6月 | 2007 7月 |
2007 8月 | 2007 9月 | 2007 10月 | 2007 11月 | 2007 12月 | 2008 1月 | 2008 2月
2008 3月 | 2008 4月 | 2008 5月 | 2008 6月 | 2008 7月 | 2008 8月 | 2008 9月
2008 10月 | 2008 11月 | 2008 12月 | 2009 1月 | 2009 2月 | 2009 3月 | 2009 4月 |
2009 5月 | 2009 6月 | 2009 7月 | 2009 8月 | 2009 9月 | 2009 10月 | 2009 11月 | 2009 12月 |
2010 1月 | 2010 2月 | 2010 3月 | 2010 4月 | 2010 5月 | 2010 6月 | 2010 7月 |
2010 8月 | 2010 9月 | 2010 10月 | 2010 11月 | 2011 12月 | 2011 1月 | 2011 2月 |
2011 3月 | 2011 4月 | 2011 5月 | 2011 6月 | 2011 7月 | 2011 8月 | 2011 9月 |
2011 10月 | 2011 11月 | 2011 12月 | 2012 1月 | 2012 2月 | 2012 3月 | 2012 4月 |
2012 5月 | 2012 6月 | 2012 7月 | 2012 8月 | 2012 9月 | 2012 10月 | 2012 11月 |
2012 12月 | 2013 1月 | 2013 2月 | 2013 3月 | 2013 4月 | 2013 5月 | 2013 6月 |
2013 7月 | 2013 8月 | 2013 9月 | 2013 10月 | 2013 11月 | 2013 12月 | 2014 1月
2014 2月 | 2014 3月| 2014 4月| 2014 5月| 2014 6月| 2014 7月 | 2014 8月 | 2014 9月 |
2014 10月 | 2014 11月 | 2014 12月 | 2015 1月 |2015 2月 | 2015 3月 | 2015 4月 |
2015 5月 | 2015 6月 | 2015 7月 | 2015 8月 | 2015 9月 | 2015 10月 | 2015 11月 |
2015 12月 | 2016 1月 | 2016 2月 | 2016 3月 | 2016 4月 | 2016 5月 | 2016 6月 |
2016 7月 | 2016 8月 | 2016 9月 | 2016 10月 | 2016 11月 | 2016 12月 | 2017
1月 |
2017 2月 |
2017 3月
| 2017 4月 | 2017
5月 | 2017 6月 | 2017
7月 | 2017 8月 | 2017
9月 |
2017 10月 | 2017 11月 | 2017 12月 | 2018 1月|2018 2月| 2018 3月|2018 4月 |
2018 5月 |
2018 6月|
2018 7月|
2018 8月|
2018 9月|
2018 10月|
2018 11月|
2018 12月|
(C)DANCHOUTEI 2019