断腸亭料理日記2019
一番目の「絵本太功記」。
この物語に限らず、歌舞伎では明智光秀に同情的、
いやむしろヒーロー扱いであった件、で、ある。
驚きではないか。違和感の塊である。
もちろん、これは歌舞伎に限らない、江戸期の一般庶民の
評価、イメージであったはずである。
芝居から少し離れるが書いてみたい。
前号でも書いたが、光秀の評価は取りも直さず
信長のイメージである。今は、ヒーローは織田信長。
歴史家の評価も、中世秩序を最終的に壊し、合理主義と
強い指導力で戦乱の時代を終わらせその後の、秀吉政権、
江戸幕府、近世を切り開いたといってよいのであろう。
だがこれ、実は最近のことなのではないか、と。
ちょいと調べてみた。
すると信長のイメージが変わったのは、NHK大河の
「国盗り物語」からでは、というのが出てきた。
なるほど。
やはり、戦後。「国盗り」の原作は司馬遼太郎。
司馬遼先生であったか。
「国盗り物語」の大河は昭和48年(1973年)。
信長は、あの高橋英樹。
私は10歳。小学校5年で、視ているはずだが
今一つはっきりしていない。
それでNHKオンデマンドで総集編を視直してみた。
確かに高橋英樹・信長はかなり魅力的であった。
年齢も29才〜30才程度であるはずである。
あの明るいキャラで、していることは残忍、横暴
ではあるが、打ち消して余りある。
司馬原作のNHK大河が日本人の歴史イメージに与えている
影響というものは、実に侮れない。
(だから司馬史観には注意する必要があると思うのであるが。)
私などは大河の信長といえば、その後、平成4年(1992年)の
緒方直人版「信長 KING OF ZIPANGU」の方が
明瞭に記憶している。父信秀の葬式に普段着で現れ、抹香を父の位牌に
ぶつける姿は印象的であった。しかしその頃には既に信長は改革者の
英雄になっていたのである。
信長のイメージ、史上の評価、については確かに江戸期には
最悪であったことは間違いないようである。しかし、
江戸後期から勤王家として評価され始め、明治以降は徐々に
上がってきたということはあったようである。
アカデミア、司馬先生、NHK大河等々も含め、細かく
検討しなければいけないことが多々あるがそれは別の機会を
考えるとして、今は芝居に戻らねば。
もう一つ、この芝居を観た感想は、これ、人形浄瑠璃であり
芝居ではあるが実際には講談が下敷きなのではないか、と。
どうもテーストがそれっぽいのである。
むろん浄瑠璃作品をすべて知っているわけではないが、
歌舞伎にうつされているものの代表的なもの、
例えば、仮名手本忠臣蔵、義経千本桜、菅原伝授手習鑑、
これらは年代としてはこの芝居よりも50年ほど前で、
思い出してみると雰囲気が多少違っている。
この尼崎の段は、光秀を中心に光秀の母、妻、息子、
さらに息子の妻らの光秀一家の浄瑠璃らしい口説き、
人情の機微を描く場面が中心なのではあるが、背後では
戦いが始まっており、息子は戦場へ赴き、瀕死で戻ってくる。
なにか講談の戦闘場面、いわゆる修羅場のような
空気感が舞台にただよっていたように感じたのである。
太功記ではなく、秀吉の方の太閤記は、特に大坂では
定番のコンテンツとして、講釈(講談)、読本(小説、
絵入りのものも含めて)、人形浄瑠璃、歌舞伎を含めて
ずっと人気のあるものであったという。
その中で、先に忠臣蔵などから50年後と書いたが
この間に、実は時代の転換といってよいことがやはり
あったようなのである。
それは、飢饉。
天明の飢饉である。天明はこの芝居ができた、寛政の
一つ前。天明2〜7年(1782〜1787年)全国で数十万人の
死者が出て、江戸、大坂でも米価が高騰、打ちこわしも
頻発していた。これが田沼意次の失脚につながっている
ともいう。
こうした世相は幕府不信につながり、特に大坂では元来、
最初に繁栄をもたらした太閤秀吉人気がさらに盛り上がっていった
というのである。このような時代背景があって、この芝居が
生まれているらしい。(文化デジタルライブラリーより。)
大坂での幕府不信から太閤さん贔屓、さらに光秀贔屓、アンチ信長
というのがつながっていたというのはおもしろい。
さて、今回の芝居評も書かねば。
この配役は、5年前に一度上演されているもののようで、
こなれた芝居といってよいのであろう。
特に印象に残ったのは、初菊(光秀の息子の嫁)。
役者は中村米吉、25歳。今まであまり私自身は記憶に
ないのだが、なかなかよい姫になっていたのではなかろうか。
若い女形でこれ、という役者が少ないように思うのだが、
期待である。
と、いうことで休憩。
浅草今半の弁当。
牛バラであったか。
下の手ぬぐいは開演前に買った、猿之助のもの。
澤瀉屋(おもだかや)の家紋が大きく入っている。
次。
二番目。
「勢獅子(きおいじし)」。
これは踊りの幕。
と、いっても鳶や手古舞芸者達が踊る、群舞といってよいのか。
赤坂日枝神社の山王祭の一場面を借りたという設定になっている。
芝翫と梅玉の二人がメインで芝翫の二人の息子
福之助、歌之助も出演ている。
獅子舞が出てくるので、正月のようにも見えるが、
設定が山王祭というのもいささか季節違いも感じる。
(鳥越神社の初詣で紹介したが、東京下町の祭りでは
神輿だけでなく、本来獅子も出るものであった。)
勢獅子は元来は曽我ものの芝居と一緒に出されるものだったようで、
曽我ものは、正月の決まりものの芝居である。
踊りの中で曽我の仇討の仕方話のようなものが出てくる。
芝翫というのは、こういう愉しい場にはいかにも似つかわしい。
人(にん)なのであろう。肩の力の抜けたよい一幕であった。
つづく
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